第4章 第9話

文字数 1,249文字

 案の定、江戸学は開始早々から猛ラッシュを仕掛けてくる。わかっていてもこれだけプレッシャーがキツいとボール保持どころではない。俺がボールを持つと相手FWとMFが三人がかりで囲み、前線に蹴り出すことも困難になる。

 ハーフタイムでジョーさんが指示を出したのだろう、俺に対して容赦の無い圧力だ。こちらは全員が自陣に戻り、必死の防戦状態だ。これでは一点が遠い。だがこれ以上の失点は防がねばならない。

 ゴール前をこれだけ守備を固めると以外に点を取るのは困難だ。日本代表がアジアの中堅国以下の試合をするとこの様な事態となりがちなのと同じである。

 ミドル、ロングシュートとペナルティエリア内でのファールに十分気をつける様、何度も後輩たちに声をかける。

 点の入らないまま後半戦は半分を過ぎる。ジョーさんは惜しげも無く疲れの見えた選手をフレッシュな控えに替えていく。それでも攻め焦りが目立つ様になってくる。

 俺はベンチに合図を出し、ワントップで走り回っていた二年の田村に代え、一年の谷津をピッチに入れる。二人共学校を代表する程の俊足だ。特に一年の谷津は入学時からベンチに入っていた、将来の我が校サッカー部を担う逸材である。

 八津がピッチに入った時、側に寄り
「どんなに攻められていても、お前は前線で張っていろ。必ずお前に縦パスを出すから、その一本を狙え。」
「ナイスパス、待ってますよケイさん。」
 と言ってニヤリと笑う。頼もしい一年生だ。

 試合時間が少なくなるにつれ、グランドの外がざわつき始める。想定外の我が校の頑張りに生徒、教師、保護者の学校関係者の応援の声が大きくなってくる。対して江戸学の関係者は前半とは打って変わって水を打ったように静かになっている。

 ジョーさんの凄まじい罵声が相手ベンチから響く。全員一年生の江戸学イレブンは焦りと疲れでプレーにキレがなくなってきている。そして、後半残り五分。ドリブル突破を図る途中出場のFWからボールを奪い取る。周りの相手のカバーが無い。これまでの様な執拗な俺へのプレスが無くなっている! 前方をルックアップする。八津と目が合う。奴が頷く。水月が喜びそうだわこれ。よし、今なら……

 明確にクリアしろっ、なんて大声は俺の親父のモノだ。ふふ、親父。クリアだけじゃ点は取れねえんだよ。こういう風にさ、敵を引きつけて剥ぎ落としてさ、それから八津の走り出すタイミングに合わせてさ!

 今日一番気持ちを込めてハーフラインと相手GKとの間にポトリと落ちる様なバックスピンをかけたロングパスを蹴る。

 完全に前がかりになっていた江戸学はとっさに対応できない。オフサイドぎりぎりで抜け出した谷津は完全に独走態勢となる。今日一番の歓声が地鳴りの様にグランドに響く。

 前に出ていたGKを簡単に振り切り、谷津は大声援を全身に受けながらドリブルで相手ゴールへ走る。

 そしてボールを江戸学ゴールに流し込む。

 我が校のサポーターがグランドになだれ込みそうになる。体育祭よりも凄い大歓声に疲れが取れる気がする。
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