第8章 第5話

文字数 1,413文字

 水月が家に来てから一時間後、親父が帰宅する。
「美月ちゃーん、いらっしゃーい!」
「お邪魔してます。お父様。」
「んっぐ… ほら、あれ買ってきたよっ 駅近の、プチロワイヤルのラムレーズンサンドっ!」
「わざわざ買いに行ってくださったの? 後で一緒に食べましょうね。」
「グオーーっ じゃ、じゃあごゆっくるーーー」

 …最後噛んでるし。軽くあしらわれているし。俺も将来、息子の彼女に……
「いい人ね。お父様、大好き!」
 急に悪寒が走る。
「もし、俺の父親じゃなければ?」
「兄に即通報するわ。」
 聞きたかった答えを得て、俺は勉強に集中する。

「ケイがさ、うるさかったんだよ。マスク買っとけだの、トイレットペーパー買い置きしようとか。こいつより煩くってー」
 母を顎で指しながらラムレーズンサンドを頬張る親父。
「こいつ美月ちゃんにも煩くしてない? 気に入らなかったらハッキリ言うんだよ! なんか夏休みくらいから一丁前な口きくようになりやがってさー」

 一人絶口調の親父をほぼ無視してラムレーズンを頬張っている水月を眺めるお袋。その目は何かを探るようなやや鋭い眼差しである。お袋と水月の相性はその性格の違いから合わせる前は少し心配していたが、今まではそこそこ上手くやっているように感じるのだが。そう言えばお袋にも水月にも、上手くやっていけるか聞いたことは無い。

「美月ちゃんは四月からはご実家から通うのよ、ね?」
 お袋が急に変な事を言い出すので俺は硬直する。
「はい、えっと。ケイくん次第かとー」
 俺は口に含んだコーヒーを吹き出す
「? ケイ次第とは…? この子は四月から一人暮らしの予定なのよ?」
「ええ。ですから、どんな間取りのお部屋でセキュリティーがどうなっているのか、近隣の環境はどうか、などを鑑みて……」
「ちょ、ちょっと母さん。そーゆーのは試験終わってから! 水月も! まずは合格、だろ?」
「そうね。まずは合格。浪人は許さないわよっ あなたも頑張ってね。」
「はい…?」

 ……まずい。同棲の話は親には全く話してなかったー 
 お袋の水月を見る視線がキツくなったような……

「そうなの? お母様は同棲に反対なの?」
「いや… まだちゃんと聞いたわけでは無いが…」
「話してないの? まだ?」
「…てか… そっちはどうなんだ? 許してくれるのか? 特に、お兄さんは…」

 あーーー と水月は頭を抱えてしまう。彼女もすっかり失念していたようだー
「…ま、まずは合格、ね… それから二人で考えましょう。いざとなれば駆け落ちも好くって?」
「いや… 国家権力を敵にまわしたくねえ… 何とか全力で考えよう…」
「そ、そうね。今はこの事は忘れましょう… さ、続きをやるわよ!」
「お、おう」

 こうして四月からの同棲の件は棚上げというか保留というか、先延ばしになる。実際俺は元の世界で里奈と半同棲生活を送っていたのだが、水月との同棲生活について深く考えたことは無い。

 里奈との生活は思い出しても… なんと言うか自堕落と言うか、不謹慎と言うか、言ってしまえば「ヤる。寝る。起きてまたヤる」の繰り返しだった気がする。
 水月との生活はどうなるのだろう。想像して顔のみならず全身が真っ赤になってしまう。里奈としていた事をこの水月と……

「何? どうしたの、顔赤いよ… まさかあなた、コロナウイルスに…」
 流石に本当のことは言えない俺は頭を冷やす為に、ちょっとトイレ、と言って前傾姿勢のまま部屋を出た。
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