第6章 第10話

文字数 1,679文字

 ちょっと待て。左? 

 元の世界では洋輔は右脚の切断だった。右利きの洋輔がこれでもうフリーキック蹴れねえよ、と苦笑いしながら俺たちに話していたのを思い出す。

 どういうことなんだろう、バイクに乗って転倒しての右脚切断。バイクに轢かれての左脚切断。脚の切断までは歴史通りなのだが、そのプロセスと結果がズレている。

 これはひょっとしたら、元の世界とは違う別の将来が洋輔を待っているのではないだろうか、俺と水月の様な…

「今後のことだが。義足をつけることとなる。家庭での生活についてはご両親にお話しした。家庭外での生活なんだが、お前らに伝えておく。サッカー部の仲間なんだってな?」
「はい…」
「四六時中一緒にいたんだってな?」
「です、ね…」
「ずっとサッカーやってた奴が脚切断で二度と蹴れなくなる。その辛さは洋輔君にとって地獄の苦しみになるだろう。」
「……」

 先生が身を乗り出し、俺たちに近寄る。
「絶対、同情するな。」

「は?」
「失くなった脚をあれこれ言うな。可哀想だなんて絶対思うな。」
「……」

「それより、義足でこれから生きてく洋輔君をー叱咤激励しろ。失くした脚の事でメソメソしてたらぶん殴ってやれ!」

 再び俺は立ち上がる、今度は駿太も同時に。
「同情して、共感して、痛みや苦しみを分かち合うのが、何でいけないんすかっ?」
「それが友達じゃないっすかっ」

 冷たい視線が俺たちを蔑みの目で見下す
「馬鹿かお前ら。お前らは『友達ごっこ』してたのかこれまで?」
「な、何言ってるんすか! 冗談じゃないっすよ! 俺らはガチ友っすよ!」
「じゃあ聞くが。お前らは洋輔君の事故の時の痛みを知っているのか?」
「そ、それは…」
「所詮、同情だの共感なんてのは、本当のその痛みを知らない奴がやることなんだよ。バイクと事故った事あるかお前ら?」

 俺と駿太は黙り込む。
「逆に聞くぞ。もしお前らが洋輔君の立場だったらー お前らに何をして欲しいよ? そんな軽い同情か? 義足になった苦しみを分かち合って欲しいか? どうだよ?」
 俺らは椅子にしゃがみ込む。

 二年前を思い出す。

 そうだった。俺たちは洋輔の病室に行ってはしきりに事故の不幸を悲しみ、二度と蹴れない洋輔にひたすら同情の意を示し続けていた。退院してからも義足の洋輔を特別扱いし、やれ飲み物だ、やれテキストだと世話を焼き続けた、洋輔が楽になる様に…

 その結果、この春―いや、二年後の春には俺たちと顔を合わせるのを拒否する様になり、自宅の部屋から出てこなくなってしまったのだ。

 栗栖先生は言う、同情するな、と。叱咤激励しろと言う、時にはブン殴れと。もし俺が洋輔の立場だったら… 

 大変だったな。辛いよな。バイクは怖いな。困ったことがあれば何でもするから。行きたいとこ、連れてくよ。何食べたい?買って来るよーーー

 確かに。

 俺たちが二年前していた事は、逆の立場ならその場だけの辛さは楽になるだろうが、これから義足で生きていく上では、正直邪魔だ。そんな慰めや手助けなんて要らない。欲しいのはー

「なるべく普通に接しろ。いいか、義足はそいつの『個性』と思え。ハゲやデブと同じ、そいつの個性なんだ。その洋輔君の後天的な『個性』と上手に付き合っていけ。」

 いつの間にか冷徹と思っていたメガネの奥に熱い小さな炎を見た。先生は俺と駿太に、洋輔の親友としての『覚悟』を決めろ、と言っている。親友にしか出来ない、ひょっとしたら隣のご両親にも出来ないことをしろ、と言っている。

「数年後。洋輔君と一緒にフットサルコートに立つこと。これ目標な。やれるか、お前ら?」
 前二回とは別の勢いで俺と駿太は立ち上がる
「やります! 絶対立ちます! 先生、もっと話聞かせてください! もっと教えてください!」

 先生が凍てつく表情を崩し口角を上げた。
「ああ、それでこそ俺の後輩だ。ところで山寺のクソ和尚は元気か?」
「… もしかして、サッカー部、だったんですか?」
「だから言ったろ。大先輩だって。俺の大事な後輩、しっかり面倒見てくれよ。いいな!」

 部活の一年生の如く大声で、ハイッと二人で声を揃えた。
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