第4章 第11話

文字数 1,895文字

 間も無く救急車がやって来る。グラウンドの脇の普段は解放されない門から直接グランドに救急車は入って来る。顧問の山寺先生とも相談し、俺と先生が救急車に一緒に乗り病院へ行くこととなる。

 救急車に揺られながら横たわる里奈を眺める。元の世界では来年の夏頃に池袋の予備校で邂逅する筈であった。それが何故今…… しかもこのタイミングで…

 初めてこいつとあった時のことを思い出す。俺の授業を微塵も聞いていない様子が思い浮かぶ。俺の授業が徐々に評判になり、生徒たちの信頼が重なるにつれ俺の方を向く様になり、高校卒業時には彼女を気取っていた。

 そして今年の夏。俺の子を孕んだと告げられる。

 正直言って、好きな気持ちは全くなく、まあよく懐いている妹みたいな感じだった。いや、妹を孕ませないわな……

 そんな里奈が、高二の里奈が今俺の目の前に横たわっているのだ。

 水月の事といい里奈の事といい、元の世界とは大きく様相が変わってしまっている。でも不思議なのは、このままでは絶対会うことはないと思っていた里奈とこうして出会った事だ。これは俺という存在に里奈が不可欠なのであろうか。そう疑ってしまうほどの衝撃の邂逅であった。

 十五分ほどで病院に到着し、里奈はERに搬送される。山寺先生が事務手続きを取っている間、俺は里奈の友人に教えられた里奈の母親の携帯に連絡を入れる。何度電話しても留守電になってしまうので、里奈が怪我で入院している事、これを聞いたら俺に連絡して欲しい事、を吹き込み電話を切る。

 この後レントゲン、頭部CT検査などの為二時間程かかると言われ、俺と山寺先生は病院のカフェで時間を潰すことにする。その間に里奈の母親から連絡も来るであろう。

「しかし災難だったなぁ。お前も…」
「いえ。あんな強くクリアする事もなかった訳ですし。なんの言い訳も出来ませんよ」
「それにしても。良い試合だったな。俺サッカーよくわかんねえけどさ、」
「はあ」
「下条があんな悔しそうな顔してたんだから、間違いない」
「ですかね… 先生は下条さんのことよく知ってるんですよね?」
「ああ。俺が顧問になって三年目だったかな。まあ一年から生意気な奴だったわ。サッカーは俺みたいな素人が見ても滅茶苦茶上手かったけどな。お前とは違う上手さだったな。お前は守備で頭使って上手にやってたけど、アイツはー」
「ゴリゴリのFWですよね。去年とか良く遊びに来てはイジメられましたよ…」
「そんなアイツ、お前のことスッゲー褒めてたんだぞー」
「はあ…」
「なんでこいつこんな所でやらせてんですか、クラブチームとかでやるべき奴ですよって」
「ははは…」
「試合の後で、アイツになんて言われた?」
「大学でもやれよって」
「そっか。で? どうするんだ? 大学の体育会でやるのか?」
「うーーーん… まだわかりません…」
「まあな。まずは大学受かってからだよな。そうだよな。でもまあお前なら志望校受かるだろうよ。なんてプレッシャーかけ過ぎか? ははは」
「ま、ボチボチやってきますよ」
「ははは。日本史の山地先生がよ、お前とお前の彼女の事、無茶苦茶褒めてたぞ。すごいレポートだったってよー」
「だーかーらー、彼女じゃないって。付き合ってないって…」
「そうなのか?」
「あ… いや… その…」
「ったく、素直になれよー」
「まー、そうですね。ええ。好きですよ、星野のこと。はい」
「おっ! いいねえいいねえ、青春じゃのう。ったくお前あんな可愛い子と… 許さんー」
「ったく教師がナニ考えてんのさ…」
「それよかよ、この里奈ちゃん? この子もメッチャ可愛いなオイ! ちょっとビッチっぽいけど、ウチの学校にはいないタイプだよなー」
「今の発言をアレで呟いていいっすか?」
「はっはっはー いや、やっぱお前変わったわ。うん」

 サッカー部の顧問にまで言われてしまった。ま、そりゃ大学二年間分は精神的に大人な訳でして…なんて言い訳も出来ずにアイスカフェラテを啜っていると、俺のスマホが振動する。

 電話口の里奈の母親は言葉遣いもぞんざいで投げやりな感じだ。命に別状ないならとっとと家に帰らせろ、ただキチンと俺が家まで送る様に、との事。わかりましたと言うと一方的に電話が切られた。そういえば元の世界で里奈の親と話したことはない。こんな家庭環境で育ったのか、と何となく里奈に少し同情する。

 先生のスマホに着信が入り、緊急救命の先生から検査結果が大体でたので診察室まで来て欲しいと言われ、俺たちはカフェの席を立った。

 外はもうすっかり暗くなっており、昼間の蒸し暑さもだいぶ和らぎ遅い秋の訪れを告げる虫の音が病院の中庭に鳴り響いていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み