第4章 第10話

文字数 1,076文字

 まだ同点なのに、俺以外の選手が八津に飛びかかって歓喜する。ベンチも全員抱き合って喜んでいる。俺は親父に親指を立てる。親父は首を振りながら小さく拍手している。ゴール後ろの水月は一緒に観ている吉村円佳や菊池穂乃果らと抱き合って飛び跳ねている。

 相手ベンチのジョーさんが俺を睨み付けている。そして近くのSBを呼び、何やら指示を出している。最後まで油断は出来ない。逆になんとかもう一点取る糸口を見つけ出さねば……

 しかし残りの時間は同点にされ目を覚ましたが如く、江戸学の連続攻撃に対応するのでいっぱいいっぱいだ。脇目も振らずミドルシュートを放ち、こぼれ球を押し込まんとボランチまでがゴール前に殺到する。その勢いに完全に受け身に回ってしまい、攻撃どころではなくなる。

 ベンチから残り二分、と伝えられる。親父じゃないが、明確なクリアが必要な時間帯だ。相手のクロスが入る。ヘディングでクリアする。それを拾われミドルシュートを打たれる。俺は逆を突かれるがGKの三輪が好反応でシュートを止める。こぼれ球を俺は躊躇なくピッチ外にクリアする。

 そのボールが江戸学応援グループの誰かに当たったのと同時に、試合終了のホイッスルがピッチに鳴り響いた。

 Dチームとはいえ、ほぼ全員がクラブ育ちの江戸学に、引き分けた。

 我が校関係者とベンチの熱狂ぶりとは対照に、ピッチの後輩たちは静かに整列する。挨拶を交わした後、全員で江戸学ベンチに向かう。

「ケイさん…… 人生で一番… 疲れました…」
「サッカーって… こんな事、あるんっすね… 江戸学相手に…」
「あの個人技… 当分夢に出そうですよ…」
 各々が異なる感想を持ちながら、江戸学ベンチに、ジョーさんに挨拶する。

「ハッキリ言って。お前一人にやられたわ、クソが…」

 ジョーさんがムッとした口調で俺に呟く。

「お前、大学でもやれよ。いいトコまでいくよ。俺が保証する。」
 俺は苦笑いしながら、
「いや、ジョーさんに保証されても…」
 ジョーさんが俺の頭を小突きながら、
「ったくすっとぼけた野郎だ。それより、ウチの女子に怪我させたんだから、ちゃんと詫び入れてこいよ!」

 ハッとなり、最後のクリアした方向を見ると軽い人だかりができていた。

 人だかりを分けて入ると、制服姿の女子が横向きに倒れている。周りの子に聞くとスマホを弄っていたらしく、ボールを避けることもなく頭部に直撃したとの事。意識は朦朧としており、立ち上がることが出来ないという。

 救急車は既に呼んだという。俺はしゃがみ込んで横顔の彼女を覗き込み……

 うそ…… だろ…

 里奈が、そこに、いた……
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