第7章 第1話

文字数 959文字

 師走も半ばを過ぎ、クリスマスが近づく。二年前はこれっぽっちも高揚感が沸かなかったクリスマスが来る。因みに去年もろくな思い出はない。フツーに塾で授業をした後、好きでもない女子と一緒に過ごし、ただ身も心も疲れた事だけしか思い出せない。

 翻って、今年。予備校帰りに、水月の家で水月ファミリーと共に過ごすことが内定している。水月の親は泊まっていきなさい、と言ったそうだが即水月が却下したらしい。まあ妥当な判断だろう。ほんの少しの残念感は否めないが。

 最近親父の帰宅が早い。あの上司に逆らいゴルフ旅行をキャンセルして以来、ずっとこんな感じだ。心配し、
「その上司に飛ばされたりしないだろうね?」
「ま、来年の人事異動でなんかあるかも、な。そん時にはー」
「そん時には?」
「命がけの土下座、かな。」
「はー。それでもダメなら?」
「知らん。なる様になる。どっかど田舎に飛ばされんなら、それが俺の人生って奴だ。どーだ、え? カッコいいだろ?」
「はいはいかっこいいですよーステキステキパチパチ…」
「なんじゃそれ。それより、美月チャンは今度いつウチ来るんだよ? こないだ美味しいって言ってくれたクッキー、また買ってこなきゃ〜」
「はいはいそのうちまたつれてきますわー」

 お袋が口を押さえて笑いを堪えている。我が家にも二年前の様なヒリついた空気は流れていない。それは単に俺が余裕かましているだけなのかも知れないが。

「ケイちゃん、またA判定だったんでしょ。凄いじゃない!」
「いやまだまだだよ。この冬休みが勝負だよ。ここで気を抜いたらあっという間に抜かれていっちゃうから。気を引き締めないと、だね」
「はーーーーー、あんたホンっと変わったわねーー。アンタホントに夏までのケイちゃん? ねえお父さん… あーまた食べながら寝ちゃって。」

 親父が涎を垂らしながら幸せそうに船を漕いでいる。お袋もそれを見て幸せそうに文句を垂れている。

 あの当時の事を考えても、これ程穏やかな家庭生活は何年ぶりなのだろう。親父が例の上司に引き上げられたのが十年ほど前だったはずなので、少なくともこの間に親父が家で夕食を連日食べることは無かったはずだ。

 来年以降、親父がどうなるのか流石に予想出来ない。だが少なくとも今年一杯は我が家に訪れたこのクリスマスプレゼントを三人で楽しもう。
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