第7章 第5話

文字数 1,236文字

 洋輔のリハビリは順調に進んでいる様だ。心理状態も多少の不安定さは否めないが、大分落ち着いてきている様に思える。やはり俺たちのフォローに加え、菊池穂乃果の存在が大きい様だ。

 予備校で受けた模試を病院に持って行き、洋輔に解かせる。解けなかった所を皆で復習する。これは俺や水月にとっても良い勉強法だ。人に教えるには自分が完全に理解していなければならないから。
 元塾講の俺から見ても、洋輔は当然ながら、俺を含めたサポートメンバーの学力が確実にこの冬休みで上がっているのが分かる。この調子ならば、本当に洋輔は二月の受験に学力的には問題なく挑めそうである。

 問題なのは… 吉村円佳なのだ… こいつは最近、勉強そっちのけで栗栖さんに纏わり付き、
「ほら先生! また寝癖がついたまま! ちゃんと無精髭剃ってこないと!」
「…いいだろ別に。うるせーな」
「は? 煩くされたくなかったら、ちゃんとすれば? ったくいい大人がだらしない。ウザ。」

「早乙女、何なんだアイツ、一々うるせーな。」
「自分で考えなよ。」
「は? んだよ、冷てーな最近オマエ。」
「あのさ。そろそろ三十路でしょ? もう少しさ、女心ってわかんないとさ。」
「… 何様だ、オマエ…」
「じゃあ栗栖さんさ、水月や菊池みたいな女子、周りにいるの?」
「んぐっ…」
「もーすぐクリスマスじゃん。今年も一人で過ごすの?」
「ば、バーカ、仕事だ仕事っ ク、クリスマスなんて、カンケーねーよ…」
「ねえ声が震えてるよ。」
「だ、黙れリア充め。勝ち組め。え、えらそーに…」
「誰が悪いの? 自分でしょ? 女見る目の無い、自分が悪いんでしょ?」
「ウッセーな。高校生のガキに言われたかn― は? 見る目無い? 何だよ。オマエ、何なんだよ。何知ってんだよ俺の…」
「さーて。そろそろ帰ろっかなー。愛する水月とー。楽しみだなー、美月の家族とのクリスマスパーティー!」

 酸欠の金魚のように口をパクパクさせる栗栖さんに背を向け、水月が待つ病院の玄関に急ぐ。そうなのだ。星野家のクリスマスパーティーはもう明後日なのだ。
 本当は受験も控えているし洋輔の事故もあったので、断ろうかと思っていたのだが、ご両親が勉強に差し支えない程度で夕食だけでも、と熱心に誘ってくれたそうなので(水月曰く)予備校の後にお邪魔することにしている。

 元の世界ではこの日、水月からクリスマスプレゼントに手袋を貰うだけだった。次の日に慌てて買ったマフラーを渡し、ようやく彼女の気持ちに気付いたのだった。まあそう考えると、俺も女子の気持ちなぞ栗栖さん並みにわかってなんかいなかったのだがー

 あれから何回か水月の家にお邪魔し、勉強会がてらお茶を共にしたりしている。が、今回初めて水月の兄を紹介されるらしい。

 俺らよりも八歳上で既に社会人、それも警察関係の仕事だと言う。既に家を出ているとのこと。水月から為人は何となく聞いてはいるが、実際はどんな感じの人なんだろう。写真では水月の父親によく似た穏やかそうな人なのだが…
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