第8章 第10話

文字数 1,205文字

「全くあいつときたら… 今夜だけは何があっても帰ってくるって言ってたくせに…」
「仕方ないわ。管内であんな事件が起こったのだから。全く、駿河くんがこんなに辛い思いしているというのに… その犯人には少し永眠が必要ね…」

 恐ろしい事を言ってのける水月だが俺も同感だ。今日の昼、コロナウイルスに罹患しているのに街を歩き回る男が水月の兄の管内で逮捕されたのだ。
 街のスーパーマーケット内で「俺はコロナだー」と叫びながら生鮮食品に唾を吐きかけたと言う。うん、死刑で良い。
 ただそのお陰で、今夜もあの兄と会わなくて済む。これはちょっと嬉しい。三ミリほど犯人に同情してやろう。

「いや、それにしても二人とも本当によく頑張ったわね。お母さん感心しちゃったよ。美月がこんなに真剣に勉強しているから。」
 ? 俺は首を傾げ、
「いや、受験ですしー誰も真剣になるのではー」
「この子は違うの。いつもどこか斜に構えて物事に真剣に向き合ってこなかったの、今まで。ピアノにしても、バスケットにしても。そんなに努力しないでもちょっと人より上手く出来ちゃうから。」
「まあ、美月は一種の天才だからね。流石僕の娘… いや、キミの娘。」
 ナイスフォローです。星野さん。
「高校受験の時なんか、受験日の前の日にここで映画観てたわよね。そんな美月が…この半年、本当に良く向き合って… 良く… うん… 頑張った!」
 あららら… 大粒の綺麗な涙。美魔女には綺麗な涙が良く似合う。

「で、早乙女くんは四月から大学には自宅から通うのかい?」
「いえ。学校の近くに部屋を借りようと思ってい……」
 星野さんが鋭い眼差しとなり、
「そうなんだ。実は最近、美月が大学生になったら家を出たいなんて言い出してさ。」
 水月を見るとソッポを向いている… おい。割と今、修羅場なんだぞ…

「僕はね、いいんだよ。僕はね。ただねえ、この子の兄がだねえ…」
 持っていた箸を落としてしまう。
「学生の間に家を出るなぞもっての他。学生は学生らしく自宅から粛々と学校に通うべし、なんて言っているんだよ。早乙女君はどう思う?」
「いいじゃない。いいじゃない、私は賛成よー。美月ちゃんのご飯食べれなくなるのが残念なんだけどー」

 状況を冷静に分析してみる。水月の一人乃至二人生活に同意しているのは母親。反対しているのが父親。断固反対しているのが兄。
 
 となるとー断固反対は棄てよう。捨て問題だ。多数決で二対一に持ち込もう。父親を、星野さんをなんとか仕方なく賛成、に持ち込んでしまえば別に法や条例に反する行為ではない故、兄も渋々認めざるを得まい。

 この父親―星野さんは常識的な人だ。一部上場企業の役員を務める見識のしっかりした人だ、俺の親父とは違って。故に嘘や誤魔化しはきかない。ハッタリなんて一笑に付されるだろう。

 となると、これは正攻法で行くしかない。野球で言えばど真ん中に直球勝負だ。サッカーで言えば…… 何だろう?
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