第2章 第2話

文字数 1,092文字

「なんか口聞いた事ない子からやたら話しかけられて… あー、疲れた。」

 心底しんどそうに、いつものガストで星野美月が深い溜息をつく。

「やっぱり迷惑なんじゃない。私が近くにいると?」
「それは無い。だって俺たち『同志』だろ?」

 彼女はふっと微笑んで、
「そうね。まだまだ成績伸ばしていかなきゃ。うん。伸び代だけが私の取り柄かも。」
「自分で言うか! いや、逆にお前に迷惑かけてないか? 俺と付き合ってるとか噂されて?」
「まあ擦れ違う下級生に影踏まれたりする程度だから。別に。」
「…ならいーけどな。それより自由研究! すっかり忘却の彼方だったわー」
「私も… すっかり忘れてたよ…」
「星野って結構抜けてるとこ、あるよな。」
「何その彼氏ヅラ! ウケるー」

 夏休みの終わり頃から彼女の口調が打ち解けた感じになってきて、とても話しやすい。

「で、どーする? しっかし何故今頃鎌倉時代の仏像について、を…」
「それねー。山地先生、その道の権威なんだっけ? よく美術展の解説も書いたりしてるんだってね。」
「そう。ホントは凄い方なんだよ。これは鎌倉行って来るっきゃねーかなあ…」

 本気で行く気はなく、軽口を叩いたつもりだったのだが…

「マジで? 行っちゃう? 鎌倉!」

 目を望月如く丸くしながら、身を乗り出す星野。俺は顔が充血するのを感じる。
「え、星野乗り気? ……行っちゃう?」
 深く頷く星野。俺の鼓動がファミレス中に響いている。

 山地先生の凄さは塾講を始めてしばらくして思い知った。鎌倉時代の仏像の権威で今でも地方の廃屋で見つかる仏像の鑑定などを依頼される程だそうだ。授業は一言で『眠くなる』。だがよく聴くと現役高校生には勿体無い程の内容をボソボソと語られる。
 そんな先生へレポートを書く機会。日本史の塾講としては逃す手はあるまい。それに…それ以上に星野美月との鎌倉。まるで初デート前の高校生の様に俺は浮かれまくる。あ。俺、今、現役高校生…

 川越から鎌倉までは東武東上線で池袋まで、池袋から湘南新宿ラインで大船へ、あとは横須賀線で鎌倉駅。約一時間四十五分程の行程である。初めは何を勘違いしたか、川越ICから圏央道を通って、などと考えていた。俺今、高校生ですから、免許は来年取得予定ですから。

 スマホの乗継アプリのそのページをスクショしてラインで星野美月に送る。今日の午後、彼女とIDを交換して初めて送るメッセージである。
 元いた世界では一緒に鎌倉どころか予備校の往復以外に二人で出かけることなんてなかった。従ってラインのやりとりも業務連絡的な事ばかりであった。

 既読がつくのをこれ程待ち焦がれることなぞ無かった。
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