第5章 第6話

文字数 1,434文字

 朝食後予備校へ行き、模試を受ける。親父の人生はこれで改善されるのだろうか? それともやはり左遷され地方に飛ばされてしまうのだろうか? そんな事を考えていたせいか、かなりケアレスミスが多く、自己採点では過去最低点となりそうだった。

 夕方前には試験は終わり、いつものように水月とファミレスで答え合わせや試験の出来についての討論―する筈だったのだが…

 駅に向かいながらやや緊張した声で、
「両親がね、今夜N響のコンサートで遅くなるから、夕ご飯を作っておいてあるんだ…家に。」
「ふーん。」

「だから… よかったらー その… ウチで夕飯、一緒に…」

 受験生らしからぬ展開―に思わず赤面してしまう。なにこれ、この甘酸っぱい展開!
「で、でもご飯一人分なんじゃ?」
「多めに作ってあるからー平気だよ…」
「そっかー、じゃあ折角だからお邪魔しようかな…」
 水月がホッとした表情の後、嬉しそうに頷く。

 昨夜といい今日といい… 何なんだろう… 正直水月の家には行ってみたい。部屋を見てみたい。そして…もし彼女が望むなら…

 あまりに急な展開に心の準備が追いつかず、それよりも十八歳の男の正常な欲望が表面に出やしないか、心配になったり。

 しかし一体なぜ急に…? 彼女の横顔に問いかけてみるが、やや緊張気味ながらも笑みを絶やさない表情を見ると、まあ何でもいいや。深く考えるのはよそう。二人きりの時間を満喫しよう。そう自分を納得させる。

 二人で同じバスに乗るのは初めてかもしれない。夕方前なのだが本数が少ないためそこそこに混雑している。二人がけの席に座ると体が密着される。これ程彼女と接近したのは鎌倉以来だ。カーブに差し掛かるたびに彼女との密着度が増す。やや汗ばんだ彼女の匂いが鼻に入る。健康な十八歳の男子の身体反応が生じる。

 このままずっと何処までも乗っていたい、その願いは叶うことなく俺たちが降車する停留所にバスは停まった。

 この辺りは閑静な高級住宅地で敷地も広くゆったりとした間取りの家が多くみられる。そんな中でも水月の家は壁面が南欧風の明るいレンガ仕立ての洒落た一軒だ。庭はあまり広くないがその分各部屋の間取りが十分な広さとなっている。

 通されたリビングは三十畳はあるだろうか。高価そうなスピーカーとオーディオセットがこの家の主人の趣味を物語っている。さりげなく飾られたリトグラフがやはりこの家の住人の教養の高さを示している。

 テレビボードの上に四人家族の写真が数枚飾ってある。前に話してくれたちょっと歳の離れたお兄さん。水月そっくりのお母さん。お兄さんそっくりのお父さん。皆笑顔でこちらを見ている。
 革張りの高価そうなソファーに身を沈めリビングを見渡していると水月が紅茶を淹れて持ってきてくれる。テーブルにソーサーを置く手がかなり震えている。

「ケイくんは女の子の家に来るの慣れてそう…」
 一人暮らしの女子の部屋は何度もあるが。親と同居の自宅に入った記憶は、無い。
「私は初めてだから、緊張しちゃってるかも…」
「てか、親御さん俺が来るの知ってるの?」
「え、えっと、知らないよ、うん。」
「そっか。俺と付き合ってーいること、話してないんだ?」
「だ、だって私達、同志でしょ… どうして親に話さなきゃ…」
「…キター! 水月の親父ギャグ!」
「えーー、ケイくんは親に私のこと話しているの?」

 少し硬さが取れてきた。
「話しているよ。特にオヤジは水月に会いたがっているし。」
「え…… ホント? なんか恥ずかしい…」
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