第8章 第8話

文字数 1,088文字

「早乙女! 聞いているか! おい、ケイ!」
「……ハイ。聞こえて…ます…」
「落ち着け。大丈夫か?」
「…なんだよ。これ。どーしてこーなるんだよ。インフルじゃねえのかよ…」
「は? 何言ってんだお前?」
「なんだよコロナって… どう足掻いてもダメだったのかよ… じゃあ俺は一体どーすれば良かったんだよ! なあ栗栖さん。オレ、どうすれば良かったんだよ!」
「だから、落ち着けケイ。まず深呼吸しろ、え? いいから早くしろ!」

 耳からスマホを離し、オレは言われるがままに深呼吸をする。マスク越しの川越の空気が肺いっぱいに入ってくる。すこし唾液の匂いがする。

 やはり。

 洋輔の事故にしても、駿太の罹患にしても… 今日のオレの試験問題の如く、大筋は決して変えることが出来ないのだ。形は少し変わるのだが、元の世界の歴史と今進行している歴史のメインイベントは人智によって変えることは不可能のだ。

 駿太。この数ヶ月、色々ぶつかったりしたが、オレはアイツの何も変えることが出来なかった。アイツの浪人人生からの転落を未然に防ぐことが出来なかった…

「落ち着いたか? バカだなお前。当の本人の方がよっぽど落ち着いてるぞ。電話代わるか?」
「え? 今、話せるの?」
「ちょっと待ってろ。オレも防護服着てっからコレがちょっと面倒くせーんだわっ おい、駿河、ケイに代わるぞー」

 クリと唾を飲み込む。一体駿太に何と声をかければ…
「おーい。ケーイ。やっほうー」
 この場に及んでムードメーカー振りを発揮しないで欲しい。こちらはどう応じれば良いのか…
「試験どーだったー? 楽勝かー?」
「駿太、お、オマエ……」
「ったくこっちは散々だわー。あのババア、やっても仕方ねえだろって散々言ってたのによー。色気付いてこの一年、ジム通いなんてすっから。ま、天罰だ天罰。」
「……」
「こっちは鼻汁一滴出さずに頑張ってきたのによ。あーやってらんねー。あ、でももうちょっと古文とか漢文やっときたかったから、オレはちょっとラッキーかもー」
「はあ?」
「あとこの期間に現代史も一回流せるしな。あ、それ手伝ってくれよー」
「この期間って… は?」
「あ! あれだ、オレってコロナ陽性患者じゃん?」
「あ、ああ… そう、だな…」
「ってことはさー」

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 オレは大声で叫んでいた! 歴史は変わった! 間違いなく、改善された!

 インフルエンザでは明日の受験資格を失うのだ。大怪我でも、他の病気でも。然しながらーコロナウイルスに罹患した受験生はーーー

「そゆこと。あと三週間、ラインビデオ通話での日本史の授業、ヨロピクーー」
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