第6章 第11話

文字数 2,846文字

「これで俺の華麗な左脚トラップ、見せれなくなったわー」

 洋輔が笑いながら話す。洋輔は他人の気持ちがわかる本当に優しい奴だ。俺たちに少しでも心配させたくないのだ。元の世界ではそんな洋輔の優しさに俺たちは甘えていたのだ。

「は? 何言ってんだよ。やるぞ、義足でもサッカー。」
「え…?」
「今日からオマエ、利き足変更な。」

 駿太がやや目を潤ませながら、声を上擦らせながら言う。

 事故から一週間。I C Uを出た洋輔は一般病棟に移されている。大先輩の口添えか何かのお陰で、四人部屋ではなく個室をあてがわれている。
 窓の外は師走だ。五階の病室からは冬支度を済ませつつある川越の街が一望出来る。ふと下を見下ろすと見慣れた一人の女子がこちらを見上げている。

 俺は窓を開け、彼女に手招きする。菊池穂乃果はしばらく逡巡した後、俯きながら病院の入り口に向かう。それから十分後部屋をノックする音がする。

「… その… 洋輔くん… なんて言っていいか…」
 洋菓子店の紙パックを胸に抱え、菊池穂乃果が小さい声で呟く。俺は駿太の腕を取り、
「飲み物買って来るわー。あとは、若いお二人でー」
「は? え? ちょ、ちょっと…」

 戸惑う菊池を部屋に放置して、俺らは部屋を出る。少し目が赤い駿太が
「へー、気が効く様になったなあケイ。これは穂乃果ちゃん大ちゃんす!」
「ははー。洋輔は菊池のことどう思ってんだろうな」
「んー、それな。ま、今はただの女子友、なんじゃね? でも、これからー」

 確か元の世界ではあの二人に色っぽい話は無かったはずだ。俺が知らなかっただけなのかも知れないが。だがこの世界ではどうも菊池が洋輔に気があるらしい。駿太に聞いてみても、んーかもな、なのだが。今度、吉村円佳に聞いてみることにしよう。

「そうよ。穂乃果は洋輔くんが大好きよ。」
 その夜の予備校帰り、それとなく水月に聞いてみると、
「男子ってホント鈍いのね。そんな事も知らなくて遊園地行ったんだ。」
 寒空の下で頭を搔く。白いマフラーが水月によく似合っている。
「私がケイのこと好きだった事も全然だったしねー」
 寒空の下で額に汗が滲んでくる。

「洋輔くん、大丈夫かしら…」
「それなんだけどさ。医者の、前話した俺らの先輩の、栗栖さんが同情や慰めはするなって。なるべく今まで通り接しろって。まあそれが難しいんだよなー」
「そうね。事故の恐怖や脚切断の絶望感は本人じゃないとわからないよね。」

 俺は立ち止まり、息を呑む。
「… 驚いた。先生もそんな事言ってたわ…」
「それはそうでしょ。本当の苦しみも、逆に本当の喜びも、その当事者のみが知り得る事であり、周りは想像でしか知り得ないのは明白よ。そう思わない?」
「その通り。だからー」
「だから、周りはハンデキャップをその人の一個性として受け止めるべきなのよ。」

 俺は美月の肩に手を乗せ、
「…… お前、凄えな… 栗栖さんと同じ事言ってるわ…」
「その先生こそ、流石私の先輩って感じかしら。」
 お前何様だ、と言おうとしてそうかこいつは水月観音様だ、と気付き俺の口元が緩む。

 学校の、クラスの話題は洋輔の事故話一辺倒であり、それでも俺と駿太が毅然としているので周りも変に憐む様な雰囲気では無い。それよりも実は私但馬君推しだった、と言う女子が少なく無かった様で、その辺りから洋輔の容態をしつこく聞かれたりするのが少々ウザかった。

 菊池はあれ以来学校が終わると毎日洋輔の見舞いに行っている様だ。俺たちは平日よりもむしろ土日に昼から洋輔の病室に屯している。所謂ワークシェアと言う奴だ。ん、本当にそうなのか?
 元の世界では洋輔は翌年の受験は控え、一浪で俺の後輩となる。が、
「何とか受けたいんだよな、ダメかな?」
「え… リハビリとか大変だr―いてっ」
 駿太の頭を叩く。
「洋輔。どうして受けたい?」
「リハビリとか、義肢とかの事から少し離れたい、正直。自分の将来を見据えたい。再来年でなく、来年。お前らと一緒に」
 
 洋輔は曇りない瞳で答える。洋輔がこういった自己主張をするのを初めて聞く。多分親にも先生にも一笑に付されたのだろう。
「ちょっと待てー。サイトで調べてみるわ。」
 調べると昨今の障害者社会適応の波はこの大学にもしっかりと届いていた。

 栗栖さんを探す。土日なので外来はないはずだ。看護師に聞くとすぐに連絡をとってくれる。どうやら仮眠室で寝ていたらしい。寝込みを起こししどろもどろの看護師からスマホを奪い取り、

「栗栖先輩。洋輔のことで聞きたいことがあるんです。お時間をください!」
 と言って通話終了する。看護師が唖然とする。俺はウインクして、
「いいんです。先生の大事な後輩のことなんですから。」
 
 スマホを返して洋輔の部屋に戻る。十五分後にノックもされず扉が勢いよく開かれ
「早乙女。いい度胸してるな。俺は徹夜明けなんだよ。緊急オペ二本したんだよ。くだらねえ用事なら、殺す。」
 たまたま洋輔の検温をしていた看護師は驚愕の表情だ。

「先輩。こいつ二月の受験、受けれますかね?」
「は? ばか言ってんじゃねえ。こいつはこれからリハビリ地獄なんだぞ。義肢も作んなきゃいけねえし。お前ら受験生みたいに暇じゃねえんだよ!」
「それがこいつの真剣な願いでも?」
「ん?」
「リハビリとかならこいつは受験勉強と一緒に平気でこなしますよ。受ければ通りますよコイツの頭なら。現実的に、受験会場に行くこと、出来ますかね?」
「……どこ受けんだ?」
「高田馬場のー」

 栗栖先生は口を閉じ、洋輔をじっと睨みつける。洋輔は目を逸らさず軽く頷く。しばらくその状態が続き、やがてフッと息を吐きながら栗栖先生が、
「… 受験課に聞いてみたか? 車椅子で受験できんのかって。会場に車椅子用のトイレは? バリアフリーになっているか。付き添いはアリか無しか。無しなら対応できるスタッフがいるかどうか。」
「これのことですかね?」
 と先程調べたものを栗栖先生に見せる。

 先生はスマホを奪い取り、何度も目を往復させる。そして徐に俺のスマホから何処かに電話をかけ始める。口を覆い、病室を出て廊下で何事か話し込み、しばらくして部屋に戻る。
「俺の診断書と意見書が必要だとよ。」
「先生!」
 洋輔が顔を綻ばす。

「これからのリハビリ。泣き言一つ言うな。勉強はコイツらと一緒にやれ。それとー夜、布団に包まってピーピー泣くの、もうヤメろ。以上が出来るならー 書いてやる。」
 俺は一瞬拳を握りしめるーが、思い直し、
「何だ洋輔。夜一人で泣いてんじゃねーよ。ガキかお前は!」
 駿太が俺に目を剥く。俺は駿太に目で訴える。駿太はちょっとして小さく頷く。
「うわー、イター。穂乃果に言いつけよっと。」
 栗栖先生がポカンと口を開ける。
「オマエら… 鬼か? なんて酷いことを親友に…」
 洋輔が腹を抱えて笑い出す
「先生… 先生からですよ、今の流れ。酷いわー」
「あとオマエ、病室で可愛い女子とベロチューも、禁止な!」
「「おいっ」」

 俺と駿太が真顔でハモる。
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