第7章 第4話

文字数 1,334文字

「まあ、彼は色々辛い事があったのよ。仕方ないわ…」

 夕食を兼ねた恒例の食堂での勉強会に婦長の和田さんがフツーに居座っている為、皆勉強どころでなくなっている。

「色々って?」
 水月が目を大きくして尋ねる
「彼ね。ここに来る前に婚約してたのよ。それはモデルさんみたいに綺麗な人と。性格も優しくて控えめで。だけどね…」

「「「「「「ゴクリ」」」」」」

「結婚式の一月前。そう、丁度二年前かな… クリスマス前。その彼女が…」
 和田婦長が深い溜息を吐く。俺たちの何人かが下を向く、俺も…
「結婚詐欺で警察に捕まったの。」

 ずっこけた勢いでテーブルのコップを溢した吉村円佳が水を拭きながら呆れ顔で、
「な、な、何すかそれ?」
「これは聞いた話よ。結婚式は全部彼女が仕切っていて、その総額が五〇〇万円。」

 全員が唖然とする。
「新居の東京のマンションの頭金―これも彼女が仕切っていてー 一五〇〇万円。」
 吉村円佳が手に持っていた台拭きを落とす。
「今、その返済の為の公判中。どーなることやら…」
「そ、それはかなり…」
「うん… それはショックでかいわ…」

 和田婦長が俺らに向き直り、
「そんな時に彼を慰めた優しい子がいたのよ。膵臓がんの患者さんだったんだけれど。」
 落ちた台拭きを拾う手が止まる。
「膵臓がんって… それって、あの?」
「去年だっけ、映画になったわよね。そう、もう残り少ない命の女子高生の話だっけ…」
 皆がゴクリと喉を鳴らす。何という…
「彼女に慰められ、一時は立ち直ったみたい、彼。でもね…」
「もーいー。聞きたくないっ」
 吉村円佳が耳を塞ぐ。その様子仕草に、何かを感じてしまう。吉村、オマエ…?

「ダメよ。ちゃんと聞きなさい、最後まで。で、彼女の病態がちょっと落ち着いて一時帰宅することになったんだって。」
 俺らは息をするのを忘れて聞き入る。
「その時にー彼は車持ってなかったのね、彼の親友に車を出してもらったの。そうしたら…」
 吉村円佳がグッと目を瞑る。俺も握る手に汗を感じるー

「その親友と彼女、付き合い始めちゃって。去年結婚したそうよー え? 余命一年の新婦? 何言ってんの。彼女ステージ1だったから、手術で完治したのよおー」

 全員がテーブルに頭をぶつけた。何だよそれ。
「結論から言うとー 栗栖先生は、相対的に女性を見る目が無い。そう言う話ですね?」
「その通り、星野さん! 大正解――」
「でも、ま、一応― 女に裏切られ、親友に裏切られ? 大変だったと言えば、まあ大変だったんじゃね?」
 洋輔が素早くフォローするが皆は爆笑する。
「いやいやいや。マジ女見る目ねーわ、あのセンセ。」
 吉村がバッサリ切り落とす。

「栗栖先生、見た目は佐藤健みたいでかっこいいし。背も高いし。それなりに優秀だし。でもねーあの性格じゃねー。デートのドタキャンは茶飯事。ラインしても既読スルー一週間はフツーらしいわよ。バレンタインに貰った生チョコは全て放置されたままで廃棄処分。人間的にダメ男くんなのよねえ。」
 
 和田婦長がニヤニヤしながら楽しそうに語ると、
「うわーー 引くわー。それはアカンわー」
 駿太が苦虫を潰した表情で呟く。
「なるほど、なるほど。」

 そんな中、一人何度も頷く吉村円佳の目がキラリと光るのを見た気がした?
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