第五十話・痛む銃創

文字数 1,503文字

 港に到着してすぐ現れた迎えの車に、さとるもゆきえも驚きを隠せなかった。

「島を出る前に連絡を入れておいたんですよ。その時に本土の状況を教えてもらいました」
「そうだったんですね。あの、この人は」
「彼女は我々の仲間の葵久地(きくち)さんです」
「はじめまして。よろしくお願いいたします!」

 真栄島(まえじま)から紹介された葵久地は、キビキビとした動きで綺麗にお辞儀をし、笑顔を見せた。

堂山(どうやま)さん、井和屋(いわや)さん、お疲れ様でした。私がシェルターまでお連れしますのでご安心ください」
「あ、はい」

 こちらは自己紹介をしていないのに何故名前を知っているのだろう、とさとるは不思議に思った。
 彼女こそ情報担当として協力者候補をリストアップし、様々な個人情報を収集した人物である。顔写真は元より、家族構成やそれぞれの抱える事情など、ネット上に記録がある範囲ならば全て把握している。そうとは知らないさとるは彼女を警戒した。

 その時、ゆきえがその場に(うずくま)った。額には脂汗をかいており、呼吸が浅く不規則になっている。彼女は自分の身体を抱きしめるようにして、身体の震えを抑え込もうとしていた。

「そうだ、病院! 堂山さん怪我してるんです」

 さとるは慌てて隣に座り込み、ゆきえが倒れないように身体を支えた。そうしなければ、ゆきえは今にも地面に転がりそうだったからだ。背中に添えた手にも熱が伝わるほど体温が上がっている。傷口から細菌が入り込んだのだろう。

「銃弾が足を掠めたの。血は止まってるみたいだけど、痛み止めを飲ませたくらいで何も処置できてないのよね」
「……銃創ですか。じゃあ一般の病院は避けた方がいいかも。そうでなくても、今はどこの病院も手一杯ですから」

 三ノ瀬(みのせ)の説明を聞いて、葵久地は唸った。
 太平洋沿岸にある地方都市にミサイルが落とされたことで多数の死傷者が出ている。直接被害に遭っていない地域にも怪我人が随時搬送されており、すぐに診てもらえる保証はない。命に関わる大怪我でもない限り後回しにされる可能性が高い。
 それに、一般国民に今回の作戦は一切明かされていない。普通の医療機関に銃創のある患者を連れ込むのは危険だ。

「ここからだと時間は掛かりますけど、やはりシェルターに直行しましょう。内部に医療施設がありますから、そこで治療を受けてもらいます」
「そうだね、それがいい」
「でも、……わかりました」

 シェルター直行の提案に、さとるが難色を示した。今すぐゆきえを病院に連れて行きたいが、それを許さぬ状況だということは理解できる。そこへ真栄島が葵久地の案に賛成したものだから、これ以上口を挟むべきではないと判断した。






 葵久地の運転するステーションワゴンの助手席には真栄島が、後部座席の背もたれを全て倒してフルフラットにした状態で毛布を敷き、そこにゆきえを寝かせた。さとるは寄り添うように座っている。
 軽トラックは三ノ瀬が運転し、右江田(うえだ)を助手席に座らせている。落ち込む後輩を元気付けるのも先輩の役目だ。
 荷台に載せられている多奈辺(たなべ)の遺体は念入りに毛布で包み直された。誰かに見咎められたら厄介だからだ。

 勧誘員たちは国の意向で動いてはいるが、一般の人々や末端の警察官などはそれを知らない。下手に騒がれでもしたら無駄に時間を取られてしまう。

「アリ君、色々ありがとう」
「はいはーい。またね真栄島サン」

 船の停泊については葵久地が事前に港湾管理者に申請して許可を貰っているが、今回はあくまで一時寄港。平時ならともかく現在は有事。アリのような怪しい風貌の日系人がウロついていれば嫌でも目立つ。長居は出来ない。

 船が再び沖に向けて出航する頃、二台の車は宇津美(うつみ)港から出発した。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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