第六十八話・安心出来る場所
文字数 1,768文字
『尾須部とうごの身元を再度調べてみたんですが、これといって不審な点はありませんでした。幼少期から成績優秀で大学も良いとこ出てますし、犯罪歴はもちろんないです』
「ふうん、普通に頭のいいお兄さんてわけ?」
『そんなところですね。両親が地元議員の熱心な支援者っていうくらいで、本人は政治的な活動には全く参加していません』
「なーんだ。もっとエグい過去が出てくるかと思ったのにぃ」
『三ノ瀬さん!!』
葵久地の話を聞く限り、尾須部に思想の偏りはないようだった。やはり、今回の中学生連れ去りは独善的な正義感に基づく暴走なのだろうか。
『あと、国会議員の
「え、車で? 時間掛かりそう」
『旅客機や鉄道はまだ動いてませんし、無事なルートを選んで陸路で移動する方が確実ですから。明日の早朝までには
「私達の方が先に着いちゃいそう〜」
『船旅が順調で何よりです。現在、会場は避難所になって混雑しているそうなので、人探しは難しいかもしれませんね』
「んん〜、そっかあ〜」
『ちょっと気になることがあるので、調べたらまた連絡します』
「わかった、ありがとう葵久地さん」
通話はそこで終わった。
船は既に那加谷市の沖合い数キロ地点まで来ている。講演会の会場は埠頭エリアのポートピアホール那加谷という大型イベント会場で、行こうと思えばすぐに行ける距離にある。しかし、標的の阿久居が不在では、みつるとりくとの居場所を見つけ出すのは難しい。
「どうしよう、時間が空いちゃったわね」
「被災者のフリして避難所に入り込む?」
「それも有りかな〜。ていうか、結局ゆうべはあんまり眠れなかったから少し休みたいかも」
ニセ巡視艇の襲撃以降、なんとなく気が休まらなくて全員眠れぬ夜を過ごした。このままのコンディションでは思うように動けない。船内で休むにも限度がある。
「じゃ、一度港に寄ろっかー」
「え?」
「那加谷埠頭には色んな会社がそれぞれ船着き場を持ってるからねー。知り合いのとこ行く」
そう言って、アリは舵を切って漁船の向きを変えた。時折無線でどこかに連絡しながら、入り組んだ埠頭の狭い海路を進んでいく。
陸地に見えるのは大きな倉庫や工場ばかり。雰囲気は登代葦港に似ているが、それより規模が大きい。貨物船が行き交う中に古びた小さな漁船が混じっているのが不自然に感じた。
アリが頼ったのは、とある海運会社の社長だった。日焼けした恰幅の良い初老の男性で、突然訪れた見知らぬ客を笑顔で出迎えてくれた。
従業員に日系人が多く、その関係でアリと知り合ったという。社長は船着き場だけではなく休憩所まで提供してくれた。
「後で会場近くまで送ってやるから少し休みなさい。全員ひどい顔色だぞ」
「すみません、お世話になります」
「困った時はお互い様だ。気にせんでいい」
徹夜で船を動かしていたアリはもちろん、さとる達もほとんど休めていない。休憩所でシャワーを借り、仮眠を取ることになった。畳と座布団しかない部屋だが、船の甲板よりは居心地がいい。そのまま三ノ瀬達は横になった。
何処かから漏れ聞こえる話し声に、さとるは目を覚ました。トイレを借りるついでに声のする部屋の扉の隙間から様子を窺う。
「相変わらず無茶ばかりして。そんなんじゃ体が幾つあっても足らんぞ」
「分かってる」
「あーあ、こりゃ痕が残るな。まったく」
上半身裸で背を向けるアリと、社長の姿が目に入った。アリの背中には青アザが幾つも出来ており、それに社長が湿布を貼っているところだった。いつのものか分からない古傷もたくさんある。
こうして見るまで、アリが怪我をしていたことすら気付かなかった。
「……おまえならどこでもうまくやれるだろうに、何もこの国にこだわらなくても」
「他人のことより自分の心配したらー? 従業員は全員避難させたクセに、なんでまだ居んの」
「俺はいいんだ。いつおまえが来るか分からんしな」
さとるは気付かれないように休憩所に戻った。