第七十六話・人心掌握

文字数 1,365文字

 まずは会場スタッフによる挨拶から始まった。マイクを手にし、今回の講演会の演者を紹介をする。

『えー、国会議員の阿久居(あぐい)せんじろう氏が来てくださいました。先ほど救援物資をたくさん頂きましたので、仕分けが終わり次第配布できると思います』

 ずっと体育館内にいた避難民達は貨物トラックの到着自体知らない。物資が貰えると聞いて、会場内の空気が少し変わった。興味なさげだった人々の関心がステージへと向き始める。
 マイクを手渡された阿久居は簡単に自己紹介をしてから、今回の被害についてまず見舞いの言葉を述べた。

『このような事態になってしまい、皆様も相当参っていると思います。元々本日こちらで講演会をする予定でした。中止せざるを得ないかと思いましたが、せっかくですから皆様の現状をこの目でしっかりと見て政府に報告しようと考えて馳せ参じました』

 用意された演台を使わず、ステージの前方に立ち、真剣な表情で語り始める。ここに着いた時のスーツとは違う、いわゆる防災服と呼ばれる作業着姿だ。

「なんだありゃ、格好だけ変えやがって」
「あれ何か意味あんの?」
「さあ〜。気分の問題じゃない?」

 体育館の床に直座りしながら、江之木(えのき)とさとるが小声で突っ込み、三ノ瀬(みのせ)が軽く流した。

『救援物資は政府からのものです。たまたま那加谷(なかや)市方面行きの第一便が出るところだったので一緒に東京からやってまいりました。食料や毛布、その他衛生用品もあります。是非お役立て下さい』

 個人的な物資提供ではないことをアピールするあたり、阿久居はきちんと自分の立場を理解している。しかし救援物資と共に登場するなどしてイメージアップを(はか)っている。抜け目がない。

『こちらに到着してから、少しですが皆様の様子を見させていただきました。まだ安心して身体を休めるような場所が少ないように見受けられます。この辺りの改善も、政府に意見して早急に対応出来たらと考えております』

「様子を見るもなにも、着いてすぐ控え室に引っ込んでた癖に」

 両隣に座る江之木と三ノ瀬にしか聞こえないくらいの声で、さとるが眉間にシワを寄せてボヤいた。
 アリの言葉が真実ならば、壇上に立つあの男は敵国に情報を流し、敵国にに有利になるように動いたうちの一人だ。憎くないはずがない。

『こちらに居られる方々はお隣の亥鹿野(いかの)市から避難されてきた方が多いようですね。東京へ戻る前に、そちらの被害状況を確認して参るつもりです。皆様が安心して暮らせるよう微力ながらお手伝いさせていただきたいと考えております』

 この言葉に、亥鹿野市出身者達からチラホラと拍手が起きた。復興するには国からの支援が要る。支援を受けるには被害状況を正しく伝える他ない。国会議員が直接現場を見て声を上げてくれるのは心強いと、この場にいるほとんどの人が阿久居に期待した。
 最初は顔を背けていた人々も、次第に阿久居の言葉に真剣に耳を傾けるようになった。

 話し方、声色、表情。
 人を惹き付ける何かがある。
 阿久居が話術で場を支配している。
 そう感じた。

『──さて、何故皆様がこのような憂き目に遭うのか、()()()()()()()()()()()()分かりますか』

 これまでずっと穏やかで朗らかだった阿久居の声色が一段階下がった。表情もやや険しくなっている。話に引き込まれていた人々は、急な変化にザワつき始めた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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