第五十一話・被害状況

文字数 1,306文字

「高速道路が使えないので下道を走っていきますね。今日中には着けると思います」

 運転しながら、葵久地(きくち)が申し訳なさそうに告げる。さとるが焦っているのが伝わっているのだろう。

「県内の被害状況は?」
亥鹿野(いかの)市が一番酷いですね。あと登代葦(とよあし)市も。他は高速道路の大きなJCT(ジャンクション)が狙い撃ちされてます。同じ沿岸部でも宇津美(うつみ)町や飛多知(ひたち)市は被害はありません。真栄島(まえじま)さん達が任務を達成してくれたおかげかと」
「そうか……」

 亥鹿野も登代葦も海に面した都市だ。他チームが担当した地域のミサイルが元々照準を合わせていたのだろう。

「この辺りはまだコンビニやスーパーも普通に営業してます。陸路での流通が滞りそうなので、明日以降はどうなるか分かりませんけど」
「被害のあった地域から避難する人も多いだろうしね。シェルター内に備蓄があるとはいえ、外の世界がこうなると──」
「真栄島さん?」

 急に言葉が途切れ、葵久地が横目でチラリと隣の様子を窺った。助手席に座る真栄島は、後部座席を見ながら口元に人差し指を立てている。

「静かに。……どうやら眠ったみたいだ」
「真栄島さんも寝れそうなら休んでください」
「いや、私はいい。ありがとう」

 眠るゆきえとさとるの姿を、真栄島は目を細めて見守った。






 島から脱出したのが昼前。
 宇津美港に着き、そこから出発したのは夕方。

 葵久地の運転するステーションワゴンを先頭に、幅の狭い抜け道を走り続けている。途中のコンビニで、ゆきえの額と傷を冷やすための氷と飲み物を買ったくらいで他に寄り道はしていない……というより、出来なかった。
 流通が途絶えることを恐れた住民による買い占めが起き始めていたからだ。既に各地の状況はテレビなどで報道されており、今回直接被害がなかった地域も危機感を募らせている。
 更なる爆撃があるのではないか。食べ物や日用品が手に入らなくなるのではないか。実際高速道路は一部の区間で通行できなくなっている。そう考えるのは当然のことだ。
 すれ違う車はみな安全な場所を求めて彷徨っている。その流れに逆らうように、二台の車は夕暮れの空の下を走り続けた。






 港を出発してから数時間。
 辺りがすっかり闇に包まれた頃、山奥にあるシェルターへと到着した。曲がりくねった山道に差し掛かった辺りから、さとるもゆきえも目を覚ましている。
 真栄島がどこかに電話すると、大きな扉が音を立てて開いた。内部は明るい。そのまま中へと入る。待ち構えていた白衣姿の医療スタッフが、すぐにステーションワゴンへと駆け寄った。ゆきえを車から降ろし、担架へと移す。ようやく怪我の治療を受けさせられることに、さとるは安堵の表情を見せた。

「今日はもう遅いので休んでください。明日の朝、改めてお話させていただきますので」
「は、はい」
「わかりました」

 ゆきえは治療のため医療施設へ、さとるは個室へと案内された。個室はベッドがあるだけの狭い部屋で、トイレや風呂はフロアに共同で利用するものが幾つかあるのだと案内係から簡単な説明があった。
 移動中に少し眠ったが、まだ疲労は抜けていない。さとるは考えることをやめ、充てがわれた部屋のベッドに潜り込み、すぐに意識を手放した。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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