第二十八話・本当の自分

文字数 1,388文字

 三ノ瀬(みのせ)達の合流を阻止すべく、敵方の四人は小銃(ライフル)を構えて校庭を駆け出した。車の前にワザと飛び出し勢いを止める。そして、減速したところを狙って発砲。既に何発か撃っているがまだ弾切れしていない。替えの弾倉を所持しているのだろう。
 しかし、こちらの目的は合流ではない。
 要は対面側に味方がいなければそれでいいのだ。各自の車に積まれた無反動砲(ロケットランチャー)が味方に当たる可能性が無くなればいい。それを知らない敵方は必死になって妨害を試みていた。

 走行中の車を狙うのは難しいと気付いたか、今度は正門側に停まる安賀田(あがた)達の車に銃口が向けられた。それをいち早く察知して動いたのは多奈辺(たなべ)だ。駆け寄ってくる四人に対し、アクセル全開で突っ込む。
 突然発進したセダンに驚き、四人は散り散りになって逃げた。統制は全く取れていない。こちらに背を向け、銃口を下に下ろして逃げ惑う様は完全に素人の動きで、それが妙に現実味があった。
 車を停めて窓を開け、逃げる一人の背を拳銃で狙う。



 ガァン!!



 銃声が車内に響き、腕が衝撃で痺れた。だが、窓枠に凭れかかっていたおかげで予想より楽に撃てた。
 多奈辺の弾丸は一人の右肩に命中した。
 断末魔のような絶叫と共にその場に崩れ、小銃を取り落す。他の三人が振り返るが、助けに戻ることもなく我先にと校舎内へ逃げ込んでいった。

 一人残されたのはアジア系の三十代くらいの男性で、肩の傷を押さえながら地面をのたうち回っている。苦痛に顔を歪ませ、口走っているのは撃った多奈辺に対する恨みか、見捨てた仲間への呪いの言葉か。
 唯一言葉が理解できる安賀田だけが、聞こえてくる男の叫びに顔をしかめた。





 多奈辺はこれまでの五十九年の人生で他人を傷つけたことはなかった。争いを好まず、競うことも苦手で、すぐに相手に譲ってしまう。損をすることも多かったが、それで丸く収まるのならば良いと考えていた。不当な評価を受けても、理不尽に罵られても、自分が耐えて済むならばそうしてきた。
 穏やかな人間なのだと多奈辺自身も思っていた。
 だが、実際はどうだ。
 初めて持った拳銃の手に吸い付くような金属の重みと質感に魅せられて、渡された瞬間からずっと手離せずにいた。命を奪う武器だと分かっていながら、撃つ瞬間のことばかり夢想した。

 そして今、初めて引鉄(ひきがね)を引いた。



 銃弾が放たれた瞬間の衝撃。

 鼓膜が破れそうな程の轟音。

 反動で引き攣り痺れる両腕。



 これこそが求めていたものだと確信した。

 穏やかで争いを好まない性格なのではない。
 今までそういったものと関わりが無かったから気付いていなかっただけ。





 多奈辺は車をゆっくり進ませ、倒れた男の側まで移動した。
 男は怯えた目を向け、傷口を庇いながら、みっともなく尻餅を付き、ずりずりと後ずさるようにして距離を取ろうとしている。トドメを刺されると思っているのだろう。意味の分からない言葉で喚きながら涙を流している。戦意を喪失し、武器を持たない彼にこれ以上危害を加える気はない。本来ならば、若くて体格の良い彼に敵うわけがなかった。自分より強いであろう人間を打ち負かした事実が気持ちを昂らせた。

 多奈辺はドアを開けて身を屈め、地面に落ちている小銃に手を伸ばした。弾が残っているのなら撃ってみたいと思ったからだ。

 その瞬間、校舎側から甲高い発砲音が幾つも鳴り響き、セダンのフロントガラスを貫いた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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