第二十話・芝居と交渉

文字数 1,558文字

 目的地到着まであと僅か。車の運転席や畳スペースなどを使って七人は体を休めていた。
 そんな時、突然真栄島(まえじま)の携帯電話が鳴り響き、全員の視線が集まった。発信者は船を操縦しているアリだ。

「緊急事態です。敵国の巡回船に見つかりました。念の為、堂山(どうやま)さんと三ノ瀬(みのせ)以外は身を隠してもらいますよ」

 船内に緊張が走った。
 だが、このような事態はもちろん想定内。真栄島と右江田(うえだ)は道具箱からロープを出し、ゆきえと三ノ瀬を後ろ手に縛り、口に布を噛ませた。

「カモフラージュです。怖がってもいいですが、何があってもここから動かずにいてください」

 突然の事にゆきえは狼狽するが、隣で縛られている三ノ瀬が目を細めて笑う様子を見て気持ちを落ち着けた。縛り上げた後、男性陣はそれぞれ車の後部座席に乗り込み、積んであった毛布を被って身を隠した。

 数分後に船が止まり、何人かの男達が乗り込んできた。中からは見えないが、船を横付けして飛び乗ったのだろう。明らかにカタギの人間には見えない人相だ。彼らは荒い足音を立て、船内を見回している。
 そして、ついに隅の畳スペースで縛り上げられているゆきえと三ノ瀬の姿を捉えた。

「……ッ」

 目の前に現れた見知らぬアジア系外国人の男達に、ゆきえは体を強張らせた。三ノ瀬も身を捩り、少しでも距離を取ろうと試みる素振りを見せた。
 男達がニヤつきながら二人に近付こうとした時、間に作業着姿の男が割って入った。アリだ。彼はどこの国か分からない言葉で彼らを制し、笑いながら懐から封筒を差し出した。中身を確認した男達はそれを自分の服のポケットにしまい込み、アリに軽く手を挙げて船から降りていった。

「はいはーい、もう大丈夫だよー」

 横付けされた船が離れたのを確認してから、アリは車のドアを叩いて回った。のそのそと男性陣が降りてくる間に堂山と三ノ瀬の拘束を外す。

「いやあ、危なかったね。アリ君がいて助かったよ。あの人達は納得してくれたかい?」
「日本車の密輸だって言ったらスグよー。あっちの組織の名前出したからヘタに手出しされないしねー」

 積んでいる車は盗難車と偽ったらしい。日本車は外国で高く売れる。ここにある車は中古車だが状態は悪くない。助手席や後部座席を見られる前に相手を言いくるめて立ち去らせたのはアリの手柄だ。

「堂山さんも、怖かったでしょう」
「は、はい。ビックリしました……」
「車だけだと怪しまれるので、二人にも一役かってもらいました」
「そーそー。二人とも可愛いんで、人身売買組織に売っ払うってコトにしたんだよー。怯えっぷりもリアリティあって良かったよー」
「は、はあ……」

 笑いながら、アリはまた操舵室へと戻っていった。それを確認してから、真栄島は小さく息をついた。

「彼は日系二世でね、ご家族の保護と引き換えに我々に手を貸してくれている。元々怪しい商売をやってたからか、こういった事に慣れてるんですよ」
「そうだったんですか……」
「あの、それって彼の祖国と戦うってことじゃないですか。大丈夫なんですか?」

 裏切りを警戒して尋ねると、真栄島はにこりと笑った。

「日本が負ければシェルターにいる家族の身が危うくなる。だから、アリ君は命懸けで協力してくれます。貴方がたとなんら変わりませんよ」






 敵対国が密かに支配する海域に入った。
 その後も何度か船を横付けされたが、その度にアリが積み荷を説明し、賄賂を渡して見逃してもらった。そのうち情報を共有し始めたようで、船内に乗り込んでまで中を確認される事はなくなった。
 見た目は廃船寸前、積み荷は中古車数台と女二人だけ。目立つ機器や武器はないという事実があちら側の警戒を和らげる一因になっていた。

 それでも気を抜いたらどうなるか分からない。妙な緊張感の中、協力者達は目的地に着くまでじっと身を潜めた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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