第十三話・別れ 前編
文字数 1,887文字
「協力者の皆さんはここまでです。ご家族とはここでお別れとなります」
地下深くにあるシェルターに入れるのは保護対象者のみ。つまり、ここが家族との最後の場となる。
それを聞いて、みつるの顔色が変わった。両手で隣に座る兄の腕を掴み、揺さぶるようにして問い詰める。
「協力者ってなに? にいちゃんは
「みつる、すまん。にいちゃんは一緒に行けない」
「……なんで!」
バスの中には眠っている人がいる。出来るだけ声を抑えてはいるが、それでもみつるは兄を問い質す事が止められなかった。
「シェルターって、お母さんから僕たちを守るものかと思ってた。でも、違うの? 何から守るっていうの?」
今にも泣き出しそうなみつるの声に、他の協力者達は黙り込んだ。
お互いの事情は知らない。だが、出がけに見た母親に対する兄弟の反応を見て大体の想像はついていた。本来ならば、ここにいる協力者は母親だったはずだ。違うということは、つまりそういうことだ。
「みつる。おまえは何にも心配しなくていい。外が落ち着くまでここのシェルターで暮らして、後は国が面倒を見てくれるそうだから。な?」
「だったら、にいちゃんはどこに行くの」
「みつる……」
声を押し殺して泣く弟の震える肩を抱き締め、さとるは唇を真一文字に結んで目を閉じた。
みゆきの小さなリュックの中には、絵本とおもちゃがひとつずつ入っている。切り詰めた生活で、ほとんど何も買ってあげられなかった。読みすぎてページの端が折れた絵本も、押しても鳴らないボタンがあるおもちゃも、二人の大切な思い出の品だ。
「みゆき……」
二歳の娘は優しい母の手に撫でられて、眠ったまま満足そうな笑みを浮かべている。その頬にぽたりと涙が落ちる。ゆきえはそれを指先で拭った。
ひなたはマイクロバスがシェルター前に到着する前に目を醒ましていたが、車内のただならぬ雰囲気を感じ取り、寝たフリを続けていた。しかし、みつるの言葉を聞いて、どうやらここで祖父と別れることになりそうだと勘付いた。
目を閉じたまま、祖父の服の裾をぎゅうと掴む。それを
「……これじゃバイバイ出来ないなぁ」
困ったような祖父の声に、ひなたはようやく目を開けた。急に起き上がった孫娘に多奈辺は驚いた。
「お、起きてたのかい」
「おじいちゃん、どっか行っちゃうの? 戻ってくる? ひなたを置いていかない?」
今まで我慢していた言葉がひなたの口から全て飛び出した。
多奈辺の息子夫婦……ひなたの両親は交通事故で亡くなっている。ひなたを幼稚園に預けている間、二人で車に乗って買い物に出掛けた道中で単独事故を起こしたのだ。お迎えの時間が過ぎても両親は来なかった。小さい頃のその記憶が家族との別れを拒絶していた。
ここで正直に答えれば、ひなたはきっと耐えきれないほどの悲しみを背負うだろう。そう思った多奈辺は自分の不安な気持ちを抑え、ニッコリと笑ってみせた。
「大丈夫だよ、ひなた。じいちゃんは必ず迎えにくる。今までだって、どんなに遅くなってもお迎えに行かなかった日はないだろう?」
「……うん」
難病を発症して以来、ちえこはいつも苦しんでいた。
原因不明の痛みに。
思い通りに動かない体に。
夫に負担を掛けていることに。
それまでの人生も決して楽ではなかった。子供がなかなか授からず、両家の親から何度も催促があった。当初、安賀田は知らなかった。席を外している間に、自分の両親が妻を責め立てていることに。ちえこも決して言わなかった。一人で何年も耐えていた。それを知った時、安賀田は激昂して実家と絶縁した。
しかし、妻はそれすらも自分のせいだと悔やんでいた。難病の原因は判明していないが、ストレスも一因ではないかと医者に言われ、安賀田は目の前が真っ暗になった。自分は妻を幸せにするどころか、不幸にしているのではないかと。
献身は全て罪滅ぼしのつもりだった。
「おまえの苦しみに比べたら、これくらい」
眠っている間だけは安らかな妻の寝顔を、安賀田はその目に焼き付けた。