第三十六話・単独行動

文字数 1,455文字

 三台の車は港を通り過ぎた先にある交差点を左折し、なおも走り続けた。

 ここが島のメインストリートだろうか。やや広い道路の左右には等間隔に街路樹が植えられ、小さな店らしき建物が幾つか並んでいた。しかし、どの店もシャッターが下されている。この島は現在誰も住んでいないのだから当然だ。

 この道の突き当たりが役場跡地。別行動を取っていた真栄島(まえじま)との合流地点である。
 もうすぐ見える、といったところで右江田(うえだ)のオフロード車の後部に何発かの銃弾が命中した。幸いスペアタイヤがバックドアに固定されており、それに当たって車内への貫通は免れた。
 小銃(ライフル)目当てでトランク部分にいた多奈辺(たなべ)も、これには流石にひやりとした。

「やっべぇ、まだ狙われてる!」

 何者かが車でオフロード車の後ろを追い掛けてきているわけではない。恐らく交差点付近から狙撃しているのだろう。走行中、しかもバックミラー越しでは狙撃手の姿は確認出来ない。

 ガラスに命中すれば弾が貫通してしまう。右江田は少し迷った後、ハンドルを切って狭い路地に入った。

 さとると三ノ瀬(みのせ)の車は既に先に進んでいる。ここは最後尾にいる自分がしんがりを務めるべき。そう思ってはいるが、狙撃銃に対抗する手段がない。
 引き返して真正面から敵に突っ込むか。
 しかし、フロントガラスを撃ち抜かれたら命に関わる。多奈辺を乗せている以上、運転手である自分が先に斃れるわけにはいかない。

「ああ〜……どーしよっかなぁ……」

 路地を進み、角の度に何度か同じ方向に曲がり、再びメインストリートに出る直前、建物の陰に車体を隠したまま、右江田は弱音を吐いた。

 多奈辺には右江田の気持ちが何となく分かった。
 次の指示がない状況が彼を追い詰めている、と。早く真栄島と合流して明確な指示を出してもらいたい。そうすれば、それに従って動くだけで済む。

「私はここで降ります。右江田さんは皆さんの後を追って合流を」
「は? なに言ってんすか多奈辺さん」
「その代わり、この銃は借りていきます」

 振り向くと、多奈辺はいつの間にかトランクから後部座席に戻っていた。手にした小銃(ライフル)を軽く掲げ、ニッと笑って見せる。

 敵がいる中での単独行動は危険だ。それに、これまでは車に乗っていたからこそ銃弾から守られていた。車は謂わば鋼鉄の鎧。身を守る術も無いまま外に出ようとするほうがおかしい。

「いやいやいや、早まらないでくださいよ。外は危ないんすよ! そもそも、ソレの使い方分かるんすか?」
「やったことはないけど、多分コレが安全装置ですよね? まあ、なんとかなると思いますよ」

 そう言って多奈辺は小銃の右側面、引鉄(ひきがね)の上部にある小さなレバーを見せてきた。右江田も実際に撃ったことはないが、三ノ瀬(みのせ)から武器の説明を受けた時のことを思い出し、小さく頷いた。

「……絶っっ対無茶しないでくださいね!」
「分かってますよ。私も死にたくないので」

 多奈辺は車を降りると、身を隠すように民家と民家の間に入り込んでいった。それを呆然と見送った後、右江田は車を後退させ、違う道から目的地を目指すことにした。

「……車に乗ったままじゃ撃てないもんなあ」

 オフロード車のエンジン音が遠ざかるのを聞きながら、多奈辺は手にした小銃の銃身をそっと撫でた。ひんやりとした金属の質感と重みが彼の心を支配していく。
 車から降りたのは(おとり)役をするためではない。銃を撃ちたい、その一心からだ。

「やれるだけのことをやろう。私は一番弱いんだから」

 多奈辺は目星をつけた空き家の朽ちた雨戸を外し、屋内へと潜り込んだ。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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