第二十六話・情報収集と時間稼ぎ

文字数 1,469文字

 車から降りた安賀田(あがた)は、悠々とした足取りで校舎へ向かって歩き出した。武器は手にしていない。全くの丸腰の状態だ。

 服装は背広。無人の離島に似つかわしくない、どこからどう見てもごく普通のサラリーマンである。招集にあたり『動きやすい服装で』と言われたにも関わらず、これしか浮かばなかったからだ。
 私服よりも着慣れた背広は彼にとっての戦闘服。戦場には不釣合いでも、気合いを入れて大仕事に挑むにはこの格好以外に有り得ない。

 ガガガッと連続した銃声が響き、目の前の地面が何ヶ所か抉れ、砂埃が舞った。威嚇射撃。あちら側はライフルのような武器を所持していることが判明した。
 当たれば命に関わる。銃口を向けられ、内心ヒヤヒヤしながらも、安賀田は表情を変えずに歩き続け、校舎から二十メートル程の位置まで近付いた。

『失礼。ここの()()()()()はいらっしゃいますか』

 声を張り上げ、日本語ではない言葉で流暢に語り掛ける。これにはあちらも驚いたようで、割れたガラス窓の隙間から向けられていた銃口が空を彷徨い、一旦降ろされた。
 それを見た安賀田はにこりと笑みを浮かべ、更に言葉を続けた。

『船の故障で港への停泊を許可してもらったので御礼に来ました。よろしければ責任者の方に直接ご挨拶させてください』

 口調も物腰も柔らかいが、有無を言わさぬ強さがある。校舎内にいる者たちの困惑した気配が感じられた。
 自国の言葉で丁寧に話し掛けられれば問答無用で撃つような真似はしづらい。しかも相手は責任者を指定して呼んでいる。下の者が無断で攻撃をするわけにはいかない。そう考えているのだろう。

 安賀田の勤める会社はアジアに広く展開する自動車部品メーカーで、国内だけでなく海外にも幾つか工場を持ち、国外のクライアントも多い。妻の難病発症前は直接海外に赴いて担当者とやり取りしたこともあり、数ヶ国語の日常会話は可能。
 船での移動中に乗り込んできた男達や上陸直後に一人を制圧した際にどこの国の人間かを把握し、その国の言葉で語りかけているのだ。

 迂闊に危害を加えれば後ろに控えている強面の右江田や銃を構えた多奈辺が動く。反撃を恐れ、相手は下手に動けない。

 返事がないことでハッキリした。
 現在ここに敵方の責任者はいない。
 残っているのは見張りだけ。

 つまり、地対艦ミサイルの発射権限がある者がいないと言うこと。
 無防備な状態で敵の前に姿を晒したのはそれを確認するためだけではない。実際にミサイルが積まれているトラックを見て、三台のロケットランチャーのみでの破壊に自信が無くなった。故に、別ルートから来るであろうゆきえ達の到着を待っていたのだ。

 情報収集と時間稼ぎ。
 彼は一人でそれをやっていた。

 校舎の裏手から近付いてくる複数の車のエンジン音を聴きながら、安賀田は小さな声で呟いた。

「……もしかしたら、君達も同じ境遇なのかもしれないけど、私達にも事情がある」

 窓の隙間から見えた人影。
 安賀田には彼らの姿が見えていた。
 軍服ではない。
 訓練を受けた様子もない。
 言われるがままにここを守るだけ。
 予定外のことが起きれば動けない。

『手出しをしなければ怪我をせずに済むと思いますよ』

 深々と頭を下げてから踵を返し、安賀田は来た時と同じように悠々と歩いて自分の車へと戻った。
 撃たれないと確信しているわけではない。堂々とした態度で居ること、不安な気持ちを悟られないこと、それが自分を守る盾になると分かっているからだ。

 安賀田が車に乗り込むとほぼ同時に、裏手の道から三台の軽自動車が校庭になだれ込んできた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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