第十話・連絡
文字数 1,656文字
それを情報担当の
敵対国が本格的に動き出す前に、日本近海の島々に持ち込まれた兵器と拠点を潰さねばならない。その為に確保した人材に協力を要請する時が来たのだ。
「明後日、土曜の午前中に迎えにあがります。その時に保護対象者を預かりますので、自分で持ち運びできる範囲で着替えや貴重品などの支度を済ませておいてください。保護対象者とはシェルター前でお別れとなります」
反応は様々だった。
シングルマザーの
難病の妻を抱える
遺された孫を育てる
母に代わり弟の面倒を見ている
全員、予定通り参加可能。
伝えた日時に迎えに行き、その場で保護対象者を預かる。それまでに心の準備と別れを済ませてもらうための事前連絡だ。今回の件は誰にも話さないようきつく言い含めてある。保護対象者に事情を説明するのはシェルターに入った後となる。
「私達も支度しておかないとな」
真栄島の言葉に、部下である
「いよいよですね、
「そうね。まあウチは襲撃する場所が違うから迎えも別になるけれど」
声を掛けられた女性は、手元の書類から視線を上げて真栄島達の方を見た。目元の涼やかな、いかにもキャリアウーマンといったキツめの女性である。
「そちらの協力者さんたちはどんな感じですか」
「三十代から四十代の働き盛りの男性ばかりよ。頼もしいけど、代わりに襲撃先が難易度高めにされちゃって」
「それはそれは……」
「真栄島さんに無理させられないですから。まあ、たぶん大丈夫ですよ」
「助かります」
襲撃先は協力者たちの身体能力を鑑みて振り分けられている。難易度が高ければ高いほど任務の危険度が増す。真栄島率いるチームは年配者と女性がいるので、比較的楽な場所が割り当てられたことになる。
「お国の為になんてガラじゃないけど、正義の味方っぽくてテンション上がるわよね〜」
「三ノ瀬センパイ、なんか楽しそうっすね」
どこか暢気な三ノ瀬の言葉に、右江田はやや引いている。彼は背が高く、小柄な三ノ瀬と並んで立つとまるで親子のようだ。しかし、年齢は右江田のほうが若い。
「明日は支度があるだろうから作戦に参加する人はみんなお休みだ。葵久地さんにはまだやってもらう事があるから出勤してもらうけど」
「皆さんの『跡を濁さない』工作、頑張りまーす!」
一般の国民には戦争云々の話は広まっていない。当然、協力者や保護対象者達が姿を消す理由も明かせない。後腐れなく居なくなれるよう裏から色々と手を回す必要がある。葵久地は担当地域の裏工作を一人で全て担っている。
保護が完了してから、学校や職場には急病による入院だと親族を装って連絡し、長期間休む手続きを取る。残す家族がいる場合には捜索願いが出された場合に警察が捜査しているよう見せ掛ける。
戦争が回避出来た場合を考え、住居や籍は残しておく。維持にかかる費用は全て国が負担することになっているが、細々とした手続きは情報担当の仕事だ。
小さな雑居ビルの一室。
保護政策推進課の事務所は、明日から葵久地ひとりのオフィスとなる。取り残されることに寂しさを感じながら、彼女は裏工作の為の書類を黙々と作り続けた。