第七十一話・深まる謎

文字数 1,366文字

 講演会のため、避難所と化したポートピアホール那加谷(なかや)に国会議員の阿久居(あぐい)せんじろうが現れた。手土産に貨物トラックいっぱいの救援物資を携えて。

「取り巻きみたいなのがいるなァ」
「秘書かしらね?」

 阿久居の周りには常に二名の青年が付き従っている。一人は運転手のようで、車を邪魔にならない場所まで移動させるために離れた。もう一人は常に側に寄り添い、会場スタッフとの会話も彼が代わりに応えている。
 三人は阿久居を見失わないよう、遠巻きに様子を窺った。推測が正しければ、きっと近くにみつるとりくともいるはずだ。そして、彼らを連れ去った尾須部(おすべ)も。
 しかし。

「……おい、どういうことだよ」

 江之木(えのき)は我が目を疑った。
 会場スタッフに誘導されて関係者以外立ち入り禁止のエリアに入る直前、阿久居に笑顔で声を掛けてきた黒いスーツ姿の青年の姿に見覚えがあったからだ。

 尾須部とうご。
 シェルター職員で、みつるとりくとを連れ去ったとされる人物だ。子どもを使い、裏切り者である阿久居に危害を加えるつもりではないかと考えられている。
 その彼がなぜ阿久居と親しげに話しているのか。
 呆然としているうちに、尾須部と阿久居はスタッフの案内で関係者以外立ち入り禁止エリアへと消えていった。避難民が誤って入ってこないよう、出入り口には常に見張りが立っている。

「……みつる達は近くにいないぞ」
「三人一緒にいると思ってたのに」
「ていうか、アイツはなんで阿久居と……知り合いかなんかか?」

 分からないことが多過ぎて三人は頭を抱えた。
 見張りがいる以上、立ち入り禁止エリア内部に入るのは難しい。とりあえず落ち着くために人気の少ない場所を探して座り込む。

「尾須部の親が地元議員の支援者だって報告があったよな。もしかしてそれが阿久居なのか?」
「ちょっと待って。葵久地(きくち)さんに確認してみる」

 三ノ瀬(みのせ)が衛星電話でシェルターの葵久地に連絡を取り、現在の状況を説明し、今しがた見たことを伝えた。

『ええっ、尾須部とうごが阿久居せんじろう氏と? そんな情報は……。それに、彼の両親が支援しているのは別の議員ですよ。暮秋(くれあき)せいいち氏です』
「誰だソイツ」
『阿久居せんじろう氏と同年代の国会議員で、特に繋がりはなかったと思いますけど』

 同じ選挙区の対立候補でもなく、同じ党に所属しているわけでもない。阿久居せんじろうと暮秋せいいちには何の関わりもないのだという。

『暮秋せいいち氏には息子がいて、尾須部とうごは両親によって幼少期に引き合わされていたようです。でも、以前報告しましたけど、尾須部自身が政治的な活動に関わったという記録はありません』

 念のため暮秋せいいちとその息子について調べてもらうことにして、三ノ瀬は葵久地との通話を切った。

「阿久居暗殺云々は単なる推測だったから、そうでないならそれに越したことはねェんだが……」
「尾須部がみつる達と別行動している理由にはならない」
「ホントよ。勝手に連れ出しといて自分だけ違うとこにいるなんて考えにくいわ!」

 安全なシェルターから保護者の同意も得ずに未成年者二人を連れ出した。目的は不明だが、これだけは事実。尾須部がここに現れたということは、ひなたから得た情報に間違いがなかった証拠。
 ただ、みつるとりくとはまだ見つかっていない。

「どこにいるんだよ、みつる……!」
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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