第五十九話・一番会いたくない相手

文字数 1,928文字

 さとると江之木(えのき)三ノ瀬(みのせ)の運転するステーションワゴンの後部座席に乗り、とある場所を目指していた。
 シェルターのある山間部から近隣の市街地へ入る。時折サイレンが鳴り響き、上空を自衛隊機が頻繁に飛び交っている。コンビニ、スーパー、ドラッグストア、ガソリンスタンドなどに長蛇の列が出来ており、人々の混乱と不安の大きさを物語っていた。

「この辺りはまだ道路が無事だからまだマシよね。登代葦(とよあし)とか酷いらしいわよ〜。どんだけ死傷者が増えるんだか」

 ラジオから流れてくる各地の状況を聴きながら、三ノ瀬が溜め息をついた。
 真栄島(まえじま)チームと杜井(どい)チームが任務を成功させたおかげで被害地域がこれだけで済んだ。誇るべきなのだが、それでも全体の被害の大きさを知れば手放しで喜ぶことは出来ない。

「もうミサイルは飛んでこないんすよね?」
「多分ね〜。()()()()()()()()を理由に自衛隊が出たし、今回は国際法に引っ掛かりまくりだもの。最悪開き直って大陸間弾道弾ブッ放すくらいはあるかも?」
「た、大陸間弾道弾……!?」
「まあ、そっちは発射から着弾まで時間掛かるから迎撃システムでなんとかなると思うけど」

 地対艦ミサイルのような近距離からの発射かつ飛翔時間が短いものは発射後に撃ち落とすことは難しい。
 もちろん事前に自衛隊の最新鋭の設備が使えれば、ある程度対応も可能だった。しかし戦争一歩手前の状態で敵を刺激するのは得策ではないと判断され、自衛隊は表立って動けなかった。だからこそ政府は秘密裏に協力者達を集めて破壊させたのだ。
 素人の寄せ集めのため成功率は低いが、何もせずにやられるよりはマシ、くらいのつもりだったのだろう。

「はぁ、ホントに戦争みたいだなァ」
「とっくに戦争ですよ〜江之木さん」

 三ノ瀬の口調は軽いが内容は重い。
 戦争という極限状態に於いても守らねばならない最低限のルールがある。兵士や軍隊、軍事施設以外を巻き込むことは出来るだけ避けねばならない。
 民間人に多数の被害を出した以上、敵対国は世界中から非難を浴びるのは間違いない。しかし、世界から制裁される前に日本を完全に征服、支配してしまえばいいと考えているのかもしれない。

「あ、そうそう。さとる君これ」

 信号待ちの間に、三ノ瀬が懐から取り出したものを後ろに座るさとるに手渡した。

「何これ、ナイフ?」
「そぉ。堂山(どうやま)さんから預かったの。島では結局使わずじまいだったから役立てて〜って」
「そうですか……」

 ゆきえに対する感情は落ち着いてはいるがまだ複雑で、素直に喜べる心境ではなかった。だが、少しでも気に掛けてもらえたということが嬉しくて、さとるは受け取ったナイフを大事そうに胸に抱いた。
 実際は、シェルターに帰還した時点でナイフは返却されており、ゆきえがさとるのために云々のくだりは完全に三ノ瀬の作り話だ。気落ちしているさとるの士気を高める為の苦肉の策である。

「三ノ瀬さん、俺には?」
「じゃあコレあげま〜す」

 ポイッと投げて寄越された黒い塊、それは右江田(うえだ)愛用の特殊警棒だった。江之木は縮んだ状態の警棒を革製のホルスターから取り出し、興味深そうに眺めた。

「……そんで、この車はどこに向かってんだ? 那加谷(なかや)市はあっちだろ」

 案内標識を見れば、明らかに目的地である那加谷市とは違う方向へ進んでいた。

「一番の近道は亥鹿野(いかの)市を突っ切るルートなんだけど、市街地が壊滅してて通れないから別ルートから行きまーす」
「あ、そうか……。ん? じゃあ何処から? 亥鹿野が通れなきゃ、県外から回り込む道しかないんじゃ」
「だから別ルートなのよ〜」

 車はそのまま市街地から遠去かり、周辺に畑が広がる地域に差し掛かる。市や町の境界ごとに簡単な検問があったが、三ノ瀬の身分証で全て通してもらえた。
 通行可能なルートは出発前に葵久地(きくち)が調べておいてくれていたらしい。途中渋滞に巻き込まれるなどして時間は掛かったが、足留めを食らうこともなく目的の場所に辿り着くことが出来た。

「……なんで海?」
「……さあ……?」

 三人を乗せたステーションワゴンは小さな漁港の前で止まった。車から降りて海の方へと向かう三ノ瀬を追い、二人も歩き出す。
 湿った潮風が髪にべったりとまとわりつく感触に、さとるは昨日のことを思い出していた。無人島での任務を終えて船で帰還した時もこんな風が吹いていた。
 まだ明るい時間帯にも関わらず、小さな港には人気が全く無かった。既に今日の漁を終えたのか、他所の被害状況を見て自粛しているのか。岸壁に繋がれた大小の漁船が波に揺れている。

「やぁ、待ってたよー」
「……!」

 並ぶ船の一つから降りてきた男が気安く声を掛けてきた。その男の顔を見た途端、さとるはあからさまに顔をしかめた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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