第四十二話・彼女の嗜好
文字数 1,785文字
「……何処かでやり合ってるようですねえ」
断続的に聞こえてくる発砲音。敵の正規兵は弾の無駄遣いをせず、会敵した場合のみ撃つ。銃声が聞こえてくるということは、何処かで誰かと戦っているとみて間違いない。
「
「心配ですねぇ。さあ、私達もそろそろ動きますか。ずっと同じ場所で固まっていては危ないですから」
「はーいっ!」
平常時と変わらぬ様子で会話する
しかし、銃声が聞こえる度に現実へと引き戻される。
「ほらほら、好きなの選んで選んで〜!」
「このデカいやつ何?」
「これはねえ〜、ベルト給弾式でガガガッと連射できる機関銃〜! ホンモノ初めて見た〜! 真栄島さんが奪っといてくれて良かったぁ、コレで狙われたら命が幾つあっても足んないもん!」
「……もうちょい軽いやつがいい」
「じゃ、この小銃とかどぉ? 割と新しいから性能いいと思う。これも連続して撃てるのよ〜」
さとるに嬉々として武器を勧める三ノ瀬。
山に登る手前の住宅街で見せた度胸と慣れた戦い方。やたら銃火器に詳しい様子から、彼女は只者ではないと何となく気付いていた。
「えっと、三ノ瀬さんて、もしかして自衛隊とか警察にいたりしました……?」
ゆきえが問うと、三ノ瀬は一瞬キョトンとした後、プーッと噴き出した。
「アハッ、違う違う! 私のは完全に趣味! こーゆーのが好きなだけよ〜!」
「し、趣味……」
「そぉ。渡航制限出る前は二、三ヶ月に一回はグアム行って射撃場でホンモノ撃ちまくってたから慣れてるだけ。こんな時でもなきゃ日本で銃を使うなんて出来ないもーん。しんどいのも痛いのもヤだから仕事にはしたくないけどね」
「……はぁ……」
拳銃に頬擦りする恍惚とした表情に、さとるとゆきえは困惑して顔を見合わせた。
三ノ瀬は元々ファッションや芸能人が好きな、ごく普通の女性だった。
転機が訪れたのは専門学校時代。
当時の恋人との海外旅行。初めて足を踏み入れた射撃場で銃を手にした瞬間に魅入られた。観光の予定を全てキャンセルして射撃場に入り浸るなど尋常ではないハマり方をした。正に人が変わった状態。恋人からは帰国後に距離を置かれ、自然消滅した。
理解のある仲間が欲しくてミリタリーマニアの男性と交際したこともあった。そういった趣味の男性は知識や情報でマウントを取りたがる傾向にある。純粋に本物の銃を撃つことだけを楽しみたい三ノ瀬にとって、そういった輩の話は鬱陶しいだけで交際は長続きしなかった。
海外旅行や射撃場に通うにはお金が要る。そう頻繁には行けない。近場で開催しているサバイバルゲームに参加したこともあったが、エアガンでは求めていた重量感も撃った時の反動や匂いも感じられなかった。クレー射撃にも手を出した。
だが、本物の銃と本物の弾丸でなければ満足出来なかった。
渡航制限が掛かり、海外に行けなくなって、三ノ瀬は慢性的な欲求不満に陥っていた。そんな時にこの話が舞い込み、二つ返事で受けた。家族を守るためというのは建前で、堂々と銃が撃てる機会を逃したくなかったからだ。
ひと通り説明を受けた後、さとるは小銃と弾薬を受け取った。ゆきえは何も選ばず、申し訳なさそうに俯いている。
「──あの、ごめんなさい。私たぶん動けないと思うので、武器はいいです」
「え、でもぉ」
「正直、いま立ってるのもやっとなんです。全然役に立ててないし、この先も足手まといにしかならないと思います」
軽トラックの荷台を見るために車から降りているが、さとるに肩を貸してもらって移動したくらいだ。最初に受けた傷のせいで膝から下の部分が腫れて熱を持っている。
「
「えっ、……あ、ありが、とう」
ゆきえはここまで島の地理と観察眼で危機を乗り越えてきた。彼女がいなければ、さとるは序盤で怪我をして動けなくなっていただろう。先ほども、合流地点の異常に真っ先に気付いて危険を回避した。
「せめてナイフくらい持っておいてよね〜!」
「そ、それくらいなら」
笑顔の三ノ瀬が差し出したナイフを、ゆきえは震える手で受け取った。