第五十四話・母娘の再会

文字数 1,331文字

 医療施設はまるで総合病院のような造りをしていた。受付や待合室があり、診察室や処置室の扉が幾つも並んでいる。
 三ノ瀬(みのせ)が近くにいた医療スタッフに声を掛け、さとるの症状を伝えてくれた。簡単な問診を受け、吐き気止めを処方してもらう。精神的なものではないかと言われ、さとるは妙に納得した。
 薬が用意されるまでの間、医療施設を歩いて見て回る。内部には怪我人の姿がちらほらあった。任務を終えて帰ってきた人達なのかもしれない。

「この辺が持病のある人専用のエリアで〜、向こうが怪我した人専用のエリア。大体の病気や怪我に対応できるんだって」
「へえ」

 気を使った三ノ瀬が付き添って解説していくが、さとるは気のない返事を繰り返すばかり。

「ね、ねえホントに座ってなくて大丈夫?」
「なんか、じっとしてると落ち着かなくて」
「そうだよねぇ〜……」

 人を殺したこと。
 みつるが居なくなったこと。
 これからのこと。

 混乱した頭で考えるにはどれも難しい問題で、とにかく気を紛らわせようとフロアを歩き回る。
 すると、どこからか無邪気な笑い声が聞こえてきた。可愛らしい声に惹きつけられるように、さとるの足が自然にそちらに向かった。

 入院エリアの一角。
 声の主は二歳くらいの女の子だった。
 点滴を受けている女性が、ベッドの枕元に置かれた椅子に腰掛ける女の子の手を握っている。親子なのだろう。女性は愛おしそうに娘に微笑みかけている。
 それは、ゆきえだった。
 彼女はここで処置を受けて、今朝になって娘のみゆきと再会したのだという。丸二日ぶりに母親に会えて、みゆきは嬉しそうだった。暗くなりがちなシェルターの中で、みゆきの笑顔は眩しいくらいに周りを照らしていた。

「堂山さん、熱下がったみたいね〜。親子の再会を邪魔しちゃ悪いし、挨拶はまた今度にしましょうか」
「そう、ですね……」

 離れた場所から母娘の様子を眺める。
 ゆきえの子どもはあの女の子だ。自分ではない。そんな当たり前の事実を突きつけられ、さとるは胸が握り潰されたように感じた。腹の底からモヤモヤしたものがせり上がってくる。

「……ッ、……吐きそう」
「わーっ待って! トイレトイレ!!」





 しばらくして吐き気が治った後、処置室の簡易ベッドを借りて休ませてもらった。険悪な雰囲気の会議室に戻りたくない三ノ瀬はずっとさとるの側に付いている。

「……三ノ瀬さんは、人を殺すの平気……?」

 さとるが小さな声で尋ねると、三ノ瀬はうーんと唸った。

「平気じゃないよ。銃を撃つのは好きだし楽しいけど、別に人を傷付けたいわけじゃないわ」
「そうなんだ」
「やらなきゃやられるっていう状況だから()ったの。死にたくないもん」
「そっか……」

 三ノ瀬の答えはシンプルだ。
 聞けばなるほどと思う。
 さとるも同じ考えだ。
 死にたくないから殺す。
 それ以上でも以下でもない。

「……なんかすいません。オレ、弱くて」
「ぜんぜん弱くなんかないって」

 三ノ瀬がさとるの頭をわしわしと雑に撫でる。髪がぐちゃぐちゃに乱されているというのに、その手が妙に嬉しくて、さとるは涙を見られないように背を向けた。

「そ、そういえば右江田(うえだ)さんは?」
「あー……アイツは今ちょっとね」

 言葉を濁しながら、三ノ瀬は天井を見上げた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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