第四十三話・彼の変化

文字数 1,340文字

 さとるの態度が変わったことに、ゆきえは薄々気付いていた。

「立ってんの痛いでしょ、車に戻りますか」
「あ、ありがとう……」

 言葉使いがまず変わった。
 慣れない敬語を使うようになった。
 足を負傷したゆきえを気遣い、さりげなく手を貸してくれる。礼を言うと嬉しそうにはにかむ。
 元々好青年だとは思っていたが、ここまで周りに気配りが出来るほど余裕があっただろうか。迎えのマイクロバスで初めて顔を合わせた時、彼は追い詰められたような表情で、常に緊張していた。
 だが、今は違う。
 信念が芽生えたような、芯が一本通ったような感覚がある。

 再び軽自動車の後部座席に座らせると、さとるは心配そうな表情で顔を覗き込んできた。その距離感に、ゆきえは思わず少し身を引く。

「痛み止め効きました?」
「え、ええ。ちょっと痛くなくなった、かも」
「良かった」

 真栄島(まえじま)と合流した際に鎮痛剤を貰って服用した。薬がないか聞いてくれたのもさとるだ。ゆきえが怪我をしてからというもの、何かと気を使ってくれている。

「じゃあ、オレ行ってきます」
「あの、気を付けて」
堂山(どうやま)さんも」

 慌てて笑顔を取り繕い、離れていく彼を見送る。

 年下のさとるに世話になったままでいいのか。
 安賀田(あがた)のように命を懸けるべきではないのか。
 三ノ瀬(みのせ)のように積極的になるべきではないか。

 そんな思いがゆきえの頭をぐるぐると巡り、結局答えも出ぬまま周りの状況だけが変わっていく。
 ゆきえは三ノ瀬から渡された護身用のナイフを鞘から取り出して眺めた。
 切っ先は鋭く、刃渡りは十五センチ程。持ち手はラバー製で滑りにくく、手にも馴染む。ただ、誰かを傷付ける道具だと思うと使う気にはなれなかった。






 まず、当初の合流地点だった役場跡地にいる敵を制圧し、それから真っ直ぐメインストリートを戻って港を目指すことになった。
 攻撃の要はさとる。三ノ瀬は援護に回り、ゆきえは真栄島と共に休憩地点に残って車を守る。

 銃声が聞こえたのはあちらも同じ。
 役場跡地の周辺には数人の軍服姿の男が銃を構えて辺りを警戒していた。そこから二百メートルほど離れた地点。休憩場所の空き地から移動してきたさとるは、担いできた機関銃を下ろした。
 民家の塀から銃口だけが出るよう、地面に機関銃の二脚銃架(にきゃくじゅうか)を立てる。銃身とアスファルトの色は似通っていて、遠目からでは視認しづらい。

「うふふ、んじゃ適当によろしく〜」
「……楽しそうですね、三ノ瀬さん」
「まあね。それより、さとる君もなんかイキイキしてきたんじゃない? もしかして、銃の良さに目覚めちゃった〜?」
「や、全然」
「なーんだ」

 ゆきえと同じ年齢の女性で、同じく自分を何度か守ってくれた三ノ瀬に対して、さとるは全く何も思わなかった。彼女からは母性が感じられないからだ。
 さとるの抱く『理想の母親像』は優しく穏やかで慈愛に満ちている。その理想に一番近いのがゆきえだ。だから、彼女の前では『良い息子』であろうとした。無意識のうちに言葉遣いを正し、態度を改め、少しでも好かれるようにした。

「早く島から出て、ちゃんとした病院で治療受けさせなきゃ」




 そのためなら、()()()()()()()()()()




 さとるは事前の打ち合わせ通り、三ノ瀬と別れて建物と建物の隙間を縫うように進み始めた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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