第七十三話・少年達の葛藤

文字数 1,594文字

「りくと君、さっきの人──」
「先生にはなにも言わないで」
「でも」
「邪魔が入ったなんて知られたら……!」
「……うん、わかった。言わない」
「ごめん。ありがとう、みつる君」

 関係者以外立ち入り禁止エリアの再奥にある通路の先で寄り添い合うふたりの少年の姿があった。
 江之木(えのき)りくと。
 井和屋(いわや)みつる。
 シェルターから無断で連れ出された保護対象者である。

「おや、こんなところにいたのか」
「先生!」

 通路の角から現れた青年に声を掛けられ、りくとがすぐに駆け寄った。笑顔のりくとに対し、先生と呼ばれた青年……尾須部(おすべ)とうごも穏やかな笑みを向けている。

「ごめんなさい、トイレに行こうとしたら迷っちゃって」
「そうか。初めての場所だから仕方ないね」
「もう戻ります。……ねっ、みつる君」
「う、うん」

 三人は連れ立って控え室へと戻った。
 並んで歩く二人の後ろ姿を眺めながら、みつるは先ほど遭遇した男性のことを思い返していた。



『待て、りくと!!』



 彼は確かにそう言った。
 間違いない、話に聞いていたりくとの父親だ。こんな離れた場所でたまたま鉢合わせする訳がない。あの男性はりくとの後を追ってここまで来たのだ。
 物心ついた頃には既に父親がいなかったみつるにはよく分からないが、それでも、あの男性から悪い印象は受けなかった。りくとの身を案じているのだと分かった。
 それなのに、りくとは父親を拒絶した。
 まだ短い付き合いのため、詳しい事情は聞いていない。みつるもまた複雑な家庭環境にあるが、りくとは何も聞いてこない。だから仲良くしていられる。
 塾にいる間だけの繋がり。
 しかし、シェルターの中で再会した時に不思議な縁を感じた。どこかも分からないような閉鎖空間で、二人で手を取り合って不安に耐えた。

 そこに尾須部とうごが現れた。

 学習塾の講師で、りくととは2年くらいの付き合いだという。りくとは彼によく懐いていて、まるで歳の離れた兄のように尾須部を慕っていた。穏やかで賢く冷静な大人の人で、みつる達が置かれている状況を分かりやすい言葉で説明してくれた。

「君達はこのシェルターに保護された」
「対価は保護者の命懸けの献身」
「江之木君は父親が。井和屋君は兄が」
「君達を生かすために彼らは死ぬかもしれない」

 保護者がいなければ、まだ未成年で学生の二人は生きていくことも出来ない。

「安心しなさい。君達の保護者は生還した」
「敵の命を奪ったから生き延びた」
「現代の日本で殺人は最も忌むべき罪」
「もしこれが世間に知れたらどうなるだろうね」

 りくととみつるは青褪めた。
 自分を安全な場所に匿うために、父親が、兄が犯罪者になってしまった、と。

「だが今は戦時下。平時に人を殺せば重罪だが、戦争で敵を倒せば称賛される。まあ、平和ボケした日本ではどんな理由があろうと拒絶反応を示す輩はいるがね」
「裏で戦争を仕組んだ者がいる」
「そいつを(あぶ)り出して真実を明らかにする」
「君達の保護者の行為を正当化するために」

 追い詰められた少年達は尾須部の言葉に従うほかなかった。大人の言う事を聞いていれば間違いない、そんな単純な気持ちではない。
 ただ、大事な家族の役に立ちたいだけ。

「私の助けになってくれるかい?」

 りくとは父親に、みつるは兄に負い目があった。自分がいるせいで無理をさせている、負担を掛けているという自覚があった。
 それでも、尾須部を盲信しているりくとを見ているうちに、みつるはどんどん冷静になっていた。

 尾須部は本当に信頼に足る人物か。
 これは本当に家族の為になる事か。

 万が一の時は、りくとを止めるつもりで同行した。彼には心配してくれる父親がいる。こんな場所まで探しに来てくれるような父親が。みつるには無い存在(もの)だ。

「……にいちゃん……!」

 誰にも聞こえないくらい小さな声で兄を呼ぶ。
 その声がさとるに届かないことを知りながら、呼ばずにはいられなかった。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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