第七十話・標的の登場

文字数 1,597文字

 翌朝、朝靄煙る埠頭の道路を一台のバンが走っていた。運転しているのは社長だ。さとる達は後部座席に乗っている。
 アリは船着き場で漁船の手入れをするために残った。顔にある目立つ刺青のせいで人前に出るのが憚られるというのが同行しない表向きの理由。怪我と疲労でまだ思うように動けないというのが実際の理由だろう、と江之木(えのき)とさとるは気付いていた。

「本当に息子さんらはここに来るのかね?」
「それしか手掛かりがねェからな」
「とにかく現地に行って探します」
「今あそこは避難所になっとる。亥鹿野(いかの)市からの避難民を受け入れとるから混雑しとるぞ」

 ここ那加谷(なかや)市は被害を免れた。海沿いの迂回路(バイパス)で繋がっている埠頭の公的施設には隣接する亥鹿野市から大勢の住民が避難してきている。ポートピアホール那加谷もそのひとつだ。
 話をしている間に車は件の施設の前に着いた。広い駐車場には近隣ナンバーの車でいっぱいになっており、周辺道路にまで車が溢れていた。少し離れた場所に停車して降ろしてもらう。

「無事見つけたら連絡してくれ。迎えに来る」
「ありがとうございます」

 携帯電話と固定電話両方の番号が書かれた名刺を三ノ瀬(みのせ)に渡し、社長はいま来た道を戻っていった。那加谷市はいち早く通信手段が回復した地域である。多少繋がりにくいが普通の電話も使える。
 社長の気遣いに感謝しながら、三人は歩いてポートピアホールへと向かった。

葵久地(きくち)さんの情報によれば、そろそろ阿久居(あぐい)せんじろうが会場に着く頃なのよね」
「ソイツを見張ってりゃ、りくと達も見つかるな」
「なにか行動を起こす前に見つけて確保しなきゃ」

 まずは会場に潜入して阿久居せんじろうを探す。
 避難民が多く、部外者が出入りしても咎められることはない。ホールの正面玄関は常に開け放たれており、早朝にも関わらずボランティアスタッフが炊き出しの支度で忙しそうに動き回っていた。
 三ノ瀬が壁に貼られたポスターを見つけた。今日行われる講演会の告知だ。場所は大ホール、開始時間は午後一時。大ホールにはコンサートが行われるようなステージがあり、座席が階段上に並んでいる。避難所となってからはここも開放されていて、椅子の上に横になって休む人の姿が多く見られた。

尾須部(おすべ)達は俺達より半日以上早くシェルターを出た。恐らく既に到着しているだろう」
「避難民に紛れてこの辺にいるかもしれないわ。取り敢えず、場所ごとに見て回りましょ」

 さりげなく大ホール内に侵入し、空いている場所を探すフリをしながら眠っている人々の顔を確認していく。手分けして体育館や会議室などの立ち入れる範囲を出来る限り見て回ったが、みつるとりくとの姿は見つからなかった。

「どうなってんだ。ここじゃないのか!」

 江之木(えのき)は苛立ちを隠せない様子で舌打ちした。さとるも焦りを感じ始めていた。
 講演会会場まで来ればすぐに見つかるような気がしていた。しかし実際に来てみれば、会場は人で溢れ、たった二人の少年を探し出すのは困難に思えてきた。
 その時、表からワッと歓声が聞こえてきた。
 何事かとそちらに向かうと、大きな貨物トラックと黒塗りの車が会場前に横付けされているところだった。

「先生、ありがとうございます!」
「いやいや、少しですが皆さんのためにお役立てください」

 会場のスタッフらしき女性がしきりに礼を伝えているのは、上等な黒いスーツに身を包んだ白髪頭の年配男性である。
 トラックには食料を始め、毛布や衣類などの救援物資がぎっしりと積まれていた。この辺りは被害には遭っていないが物流が滞っていて足りないものも多い。ボランティア達が総出で降ろした荷物の仕分けを始め、スタッフは阿久居を建物内へと案内した。

「あのおじさん、国会議員の阿久居だわ!」
「物資と共に登場たァ、人気取りか?」
「あいつを見張ってれば、みつる達が見つかる……」

 周囲に怪しまれないよう、三人は後を追った。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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