第五十七話・三人の行方

文字数 1,560文字

 姿を消したシェルター職員の写真を見て、江之木(えのき)は目を見開いた。杜井(どい)の手から書類をひったくって確認する。

「……やっぱり、塾の先生だ」
「え、お知り合いなんですか」
「いや、りくとを迎えに行った時に何度か挨拶した程度なんだが、左目の下に二つ並んだホクロがあるだろ? だから覚えてたんだ」

 尾須部(おすべ)とうごは馬喜多(まきた)市駅前にある学習塾の元講師で、現在は違う地域にある同じ系列の学習塾勤務、と略歴には書かれている。

「馬喜多市駅前の塾って、みつるが通ってるとこだ」
「じゃあ、りくと君達は尾須部さんを知ってるってことですか」
「うーん、この書類だと三ヶ月前に他の市に転勤してるってなってるし……みつるが塾に入ったの、つい最近なんすよ。だから会ったことはないと思います」

 さとるの言う通り、みつると尾須部の在籍の時期は被っていない。ただ、江之木の息子りくととは面識があるのは確かだ。

「もしかして、りくと君とみつる君はお友達なのかしら。他の職員が二人で一緒にいるところを何度か見掛けたらしいの」
「ウチは隣の市から通ってるから中学は違うよな?」
「ですね。塾に入ってから仲良くなったのかも」

 さとる達は馬喜多市、江之木は隣の飛多知(ひたち)市に住んでいる。みつるとりくとは学校は違うが学年は同じ。学習塾では同じクラスになる。こんな場所で顔見知りに会えば、それまで付き合いがなかったとしても行動を共にするようになる可能性は高い。
 江之木の勤務先は馬喜多市の駅付近にあり、仕事帰りに駅前の学習塾にりくとを迎えに行くのが日課となっていた。ちなみに、現在馬喜多市の駅前周辺は壊滅しており、件の学習塾が入っているビルも被害に遭っている。

「え、待って。塾の先生だった人がみつる達を連れてどっか行ったってこと? なんで?」
「まだそうと決まったわけではないですけど、居なくなった三人には繋がりがあったということですね」

 尾須部とりくと、りくととみつるはそれぞれ面識があった。尾須部とみつるには直接接点はないが、りくとが間に入ったとすれば有り得る。

「昨日の夕食後なら沿岸地域に爆撃があったと知っているのでは? そんな時にわざわざシェルターから出るでしょうか」
「保護対象者にはまだ外で何が起きているかを知らせていませんが、シェルター職員なら全員把握しているはずです。理由もなく外出するなんて考え辛いですよね」

 真栄島(まえじま)と杜井が言うように、シェルターの外は安全とは言い難い。例えどんな理由があったとしても中学生二人を無断で連れ出して良いはずがない。
 全員が頭を悩ませていると、息を切らせた葵久地(きくち)が会議室に飛び込んできた。

「失礼します! あの、もしかしたら三人の行き先が分かったかもしれません!」
「えっ!?」

 葵久地は手にした数枚の書類をテーブルに広げた。

「実は、多奈辺(たなべ)ひなたちゃんが昨日みつる君たちと尾須部さんが話しているのを偶然見掛けたらしいんです。そこでチラッと声が聞こえたそうで……」

 やはり尾須部は二人に接触していた。
 ひなたが聞いたのは『那加谷(なかや)市』と『阿久居(あぐい)』という二つ。通路ですれ違い様に耳にしたのを覚えていたらしい。

「それを元に調べたら、明後日那加谷市で国会議員の阿久居(あぐい)せんじろう氏の講演会が開かれる予定がありました。以前から決まっていたんですが、こんな状況下でも予定通り開催するみたいです」

 プリントアウトされているのは、その講演会の会場となるホールの周辺地図と講演会のポスター。そこに映る阿久居は朗らかな笑みを浮かべた白髪頭の年配男性である。

「……国会議員の講演会か……ますます中学生には関係がないように思えるんだけど」
「私もそう思います」

 だが、ようやく三人の行き先の手掛かりになりそうな情報が手に入った。

「オレ、探しに行きます」
「俺もだ。りくとを必ず連れて帰る!」
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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