第二十一話・ウォーミングアップ
文字数 1,597文字
そんな中で、ひとり柔軟運動をする者がいた。一番若い協力者、
「さとる君、休まなくて大丈夫かい」
「さっき少し寝たんで目が冴えちまって。それに、俺が一番手榴弾を遠くに投げれると思うんで、肩あっためておかねーと」
「そうか。それは頼もしいな」
見兼ねて
手榴弾は重い。訓練もなしに投げられるものではない。実物を手にして実感したからこそ、さとるは少しでもコンディションを整えて本番に備えているのだ。
「ふむ。なら、私のぶんも任せようかな」
「えっ」
「君が持っていた方が役に立ちそうだ」
そう言って安賀田は自分の車に積まれた手榴弾を持ち出し、さとるの車に積んだ。
既に車の割り振りは済んでいる。運転歴の長さや元々乗っていた車の車種を考慮して決められた。
安賀田はSUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)だ。他の車種より車高が高く、悪路でも走行可能。フレームも頑丈に作られている。多少の障害物なら無視して突っ込める。
それに対し、運転歴の浅いさとるに充てがわれたのは軽自動車だ。車体は小さい。小回りは利くが段差や衝撃に弱く、先陣を切らせるには頼りない。だからこそ、手榴弾を渡して後衛を任せることで戦力のバランスを取ったのだ。
「……こんなに俺が持ってていいのかな」
「はは、そんなに気負わなくても」
「いやだって、よく考えたら手榴弾投げる場面てそんなに無くないですか? 俺ら車で突っ込むんでしょ?」
「うーん、それもそうだ」
手榴弾を持たされたのは作戦に必要な武器だからではない。自衛隊の在庫を誤魔化して持ち出せたのがコレだけだったからだ。遠距離から狙撃できるようなライフルなどは一切ない。
せっかく任されるのならば無駄にはしたくない。数だけあっても使わずに終わったら意味がない。安賀田の好意を無駄にしたくはないと、さとるはそう考えていた。
「実際手榴弾がどんなものかも分かってないからね。真栄島さんたちに仕様を詳しく聞いてみようか。何か有効な使い道があるかもしれないし」
「はいっ」
そのやり取りを視界の端に入れながら拳銃を手にしているのは
協力者最年長の多奈辺だが、戦後生まれだ。もちろん戦闘経験は皆無。穏やかな性格で、これまで他人に危害を加えたことはないし、そうしたいと思ったことすらない。銃は他人を傷付ける武器だ。当たりどころが悪ければ命に関わる。そんなものを果たして扱えるのか。多奈辺は自問自答を繰り返していた。
やらねば日本が戦場と化す。
孫娘のひなたはシェルターで保護されているが、万が一戦争に負けたらどうなるか。日本政府が管理出来ない状況に陥れば無事では済まないはずだ。
ひなたを守るためならば、誰であろうと撃つ。
多奈辺は腹を決め、撃ち方のイメージトレーニングに没頭した。
畳スペースでは、ゆきえが島の地図を食い入るように見ていた。
協力者の中で一番非力なのは女性であるゆきえだ。敵対者から侮られ、狙われる可能性が高い。割り当てられた車は、さとると同じ軽自動車である。狙われたらひとたまりもない。だからこそ行き当たりばったりな行動は出来ない。
協力者を率いるのは安賀田だ。先程済ませた打ち合わせで、上陸後の動きは大まかに決まっている。しかし無策では作戦の成功率に関わる。決行中に地図を確認する余裕はない。
ゆきえは島にある道を全て頭に叩き込んだ。