第八十一話・反撃の狼煙
文字数 2,211文字
さとるは今にも飛び出しそうな状態にあった。握り締めた拳が怒りに震え、その眼差しはずっとステージ上のみつるへと向けられている。
「ど、どうしよう。いま私達が出れば間違いなく利用されるわ。さとる君達は『戦わされた保護者』なのよ。
暮秋は《保護政策推進計画》の発案者の一人。シェルターを運営し、
三ノ瀬はダラダラと脂汗をかきながら、これからどう動くべきかを必死に考えていた。
出来るだけ穏便に子ども達を保護してシェルターに帰りたいが、果たして可能なのか。既に講演会は破綻している。この集まりが解散されるまで待つべきか。
しかし、辛そうなみつるとりくとの姿を見ていると、すぐにでも助け出したい衝動にかられる。気落ちしている
その時、ステージ上に立つ
「……やっぱり、気付かれてる」
「え?」
「みつる君達をシェルターから連れ出せば、私達が追ってくると分かっててやったんだわ。この計画に関わった民間人を表舞台に引き摺り出すために」
シェルター内で、みつるとりくととの会話をひなたに聞かせたのも尾須部がワザとやったのかもしれない。利用されると思わせることで下手に手出し出来ないように仕向けているのかもしれない。
どちらにせよ迂闊に動けなくなった。三ノ瀬の様子から状況を察し、さとるも何とか気を落ち着かせて待機を続ける。
「
『証拠は出揃いました。
「うるさい、うるさい、うるさい……ッ!」
暮秋せいいちから敵対国との繋がりを示す書類を突き付けられ、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす阿久居。穏やかだった彼のあまりの変わり様に、体育館内にいる避難民達は唖然とした。
本当に言い掛かりであればここまで取り乱すことはない。この態度こそが彼の罪の最たる証拠となった。
暮秋側の取り巻きが逃げようとする阿久居の身体を押さえ付ける。阿久居側の取り巻きは悪事の片棒を担いだと思われることを恐れてか、強く抵抗出来ずにいた。
『このような裏切り者がいる限り、いつまた爆撃が起こるか分かりません。皆さんのような被害者をこれ以上増やさないために、私、暮秋せいいちは国内の裏切り者の発見、排除に一層尽力して参ります!』
暮秋が力強く言い切ると、会場内から歓声が起こった。この人に任せれば間違いないと聴衆は期待している。阿久居とはまた違った大衆扇動。
しかし、これで終わりではなかった。
『証拠はまだまだありますよ。……もっとも、これは暮秋議員のものですが』
阿久居が投げ捨てたマイクを拾い、今度は尾須部が話し始めた。手にしているのは先ほどの紙束とはまた別の書類。
演説の途中に割り込まれ、暮秋せいいちが僅かに顔を顰めた。
『これは阿久居議員の前政策担当を脅して辞めさせるため、人を雇った時のやり取りの記録と金銭支払いの証拠です。反社というか、あまり
「おまえ、何を」
『私という
「とうご、僕を裏切る気か!」
唐突に始まった暴露に、暮秋とうまが顔色を変えた。こういった汚れ仕事は全て息子で補佐でもある彼が請け負っていたからだ。
尾須部は暮秋議員の古くからの支援者の息子だ。事務所のスタッフには顔見知りが多く、中に入ること自体は難しくない。素直に従う振りをして、尾須部は裏で暮秋側の不正の証拠も集めていたのだ。
『現在、国民に兵役を義務づけるか否かの話し合いが秘密裏に行われています。今回の件で民間人の協力者の生還率が約六割と高かったこともあり、政府は
尾須部は懐からICレコーダーを取り出し、マイクの側で再生した。複数の人間が笑いながらそういった会話をしている様子が聞こえてくる。
これには体育館内にいる全ての人が絶句した。
もし実現すれば、次に戦場に行かされるのは自分や家族かもしれない。ただ守られているだけの立場ではなくなる。
「……何故それを知っている」
『こっそり内緒話をしたとしても、人が出入りする以上は情報は漏れますよ』
会場内にいるマスコミに聞こえぬようマイクを下ろし、苦々しい口調で問う暮秋せいいち。
表向きは阿久居の部下である尾須部は、別政党の秘密会合に参加出来ない。当然、実際は暮秋の部下であることは周りに明かしていない。だが、出入りする議員や秘書に近付き、盗聴器やら何やらを仕掛けることは可能。
支援者の息子によって糾弾され、今度は暮秋親子が窮地に立たされた。