第二十七話・母親への憧れ

文字数 1,569文字

 安賀田(あがた)率いるメインルート班と、三ノ瀬(みのせ)率いる裏道班が目的地である山頂の小学校跡地で合流。荒れた校庭のど真ん中に大型トラックを囲むようにして、計六台の車が集結した。

 このまま無反動砲(ロケットランチャー)を撃てば外れた場合に対面にいる味方の車に当たってしまう。安賀田は窓を開け、ゆきえ達を手招きした。指示を受けた三台の軽自動車が校庭の外周をぐるりと周る。
 その様子を見て、校舎の中にいた敵方が動き始めた。先ほどは安賀田のパフォーマンスに気圧(けお)されて何も出来なかった彼らだが、この場を守る役目がある。車が六台も集まったことで何やら不穏な気配を感じ取ったのだろう。慌てて建物から飛び出してきた。
 自動小銃(アサルトライフル)らしきものを持った男女が四人。成人してはいるが、年齢も服装もバラバラ。判断の遅さから見て、やはりこの場に命令を下す責任者はいないようだ。
 身を隠して狙撃するならばともかく、走りながら撃つのは難しい。だが、的が大きければ当たる。

「うわっ!」

 敵方の一人が引鉄(ひきがね)を引いた瞬間、さとるの車の側面に何発かの銃弾がめり込んだ。幸い貫通はしていない。車のドア内部に仕込まれた鉄板が弾を途中で防いだからだ。そうでなければ軽自動車の薄い鋼板など軽く貫いていた。銃撃戦を見越して全部の車を改造しておいてくれたアリのおかげだ。
 ヒヤヒヤしながらも、自分達は車、相手は生身という事実に優位性を感じていた。

「でも、油断したら()()迷惑かけちまう」

 さとるは前を走るゆきえの車を目で追った。
 山を登る手前の住宅街で、ゆきえはさとるを庇って足を撃たれた。手拭いで傷を覆っただけの状態だ。血を流しながらも心配かけまいと気丈に振る舞うゆきえの姿を思い出し、ハンドルを握る手に力を込める。

 さとるの母あやこは我が子のために身を呈してくれるような人間ではなかった。
 外では良い母親を演じているが、人目がなくなればすぐに芝居をやめる。暴力こそ振るわれなかったが、不機嫌を隠さず態度で示されるだけでも怖かった。いつもより音を立てて開け閉めされるドア。荒く机に置かれるコップ。食事が用意されないことは当たり前。学校の給食だけで凌いだ日も多かった。
 そんなことより存在を無視されるほうが辛かった。
 さとるは早い段階であやこからの見返りを諦めていた。高校に入ってアルバイトが出来るようになってからは稼いだ金を渡し、家事をして、弟のみつるに苛立ちの矛先が向かないようにした。高校を卒業して世帯分離してからも、渡す金が増えただけで何一つ変わらなかった。

 だから、ゆきえを見て複雑な思いを抱いた。

 世の中には我が子のために身体を張る母親がいるのだと初めて知った。失敗しても怒らず笑顔を向けてくれる、絵に描いたような理想の母親。

 マイクロバスの中で眠る小さな女の子の髪を優しく撫でていた姿を思い出す。

 何故それが自分の母親ではなかったのだろう。
 どうして自分は大事にされなかったのだろう。


「……母さんになってくれねーかなぁ」


 無意識のうちに自分の口からこぼれ落ちた言葉に、さとる自身が驚いた。
 散々打ちのめされ、絶望しながらも、まだ母親という存在に憧れ、求めている。大人になった現在(いま)も。

 おかえりと出迎えてくれる。
 側にいけば抱き締めてくれる。
 美味しいごはんを作ってくれる。
 学校であったことを聞いてくれる。
 頑張ったことを認めて褒めてくれる。
 やりたいことを心から応援してくれる。

 弟の親代わりをしていたが、それは全部自分がしてほしかったことを出来る範囲でやっただけ。
 本当は、さとるが一番愛情に飢えている。

 安賀田や多奈辺(たなべ)に対しても、家族のために危険な役目を買って出たという点で尊敬していた。父や祖父がいたらこんな感じだろうかと思ったりもした。

 ゆきえも彼らも家族の元に返してやらねば。
 さとるに大きな目標が出来た。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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