第九話・保護政策推進課

文字数 1,283文字

 保護政策推進課の事務所は県庁の中には無い。近くにある雑居ビルの一室を借り上げ、そこを拠点として活動をしている。
 職員の数はごく僅か。地域ごとに担当が割り振られ、二人または三人一組で行動する。情報担当から送られてきたリストを順に当たり、協力者を確保するのが仕事だ。

真栄島(まえじま)さん、どうでしたか」
「一応最低人数は確保できたよ」
「それは良かったです」

 情報担当の女性は眼鏡の奥の目を細め、小さく息をついた。彼女の仕事は担当地域内にいる条件に合致しそうな人物のリストアップ。細かな個人情報から在宅時間まで全て一人で出している。

 真栄島は自分のデスクに手提げ鞄を置き、どっかりと椅子に腰を下ろした。ここ数日歩き詰めで足腰が痛い。一緒に出歩いていた右江田(うえだ)三ノ瀬(みのせ)はピンピンしている。年齢の差が明確に出てしまった。

葵久地(きくち)さん、例の井和屋さんのお宅だけど事情が変わって、お母さんじゃなくて上の息子さんが協力してくれる事になったよ」
「えっ!? そうなんですか」
「前情報と家庭環境が違ってたみたいなの」

 三ノ瀬の補足に、情報担当の葵久地はこめかみを押さえて唸った。
 本来の対象者である井和屋あやこは調査通りの母親ではなかった。掻い摘んで説明すると、葵久地は申し訳なさそうに俯いた。

「……すみません。確認が足りませんでした」
「いや、あれは実際に会って見ないと分からない。記録上は確かに良い母親なんだが、それは外に向けたパフォーマンスらしい。息子さんがそう言ってたよ」
「そうそう。外ヅラが良くて、周りはみんな騙されてるみたいっす」

 真栄島の言葉に右江田が重ねる。

 井和屋家を辞した後、真栄島たちはさとるのアルバイト先付近に出向き、偶然あやことの会話の一部始終を耳にした。息子からなけなしの金を奪い、飲み代に変える母親の姿をこの目で見た。

「やっぱり直接調査した方が良かったでしょうか」
「いや、聞き込みはまずい。張り込むにも時間と人手がいるし、何より怪しまれる。時間の余裕もなかったし。ま、今回は結果オーライだったから大丈夫大丈夫」
「……はい」

 気落ちする葵久地を慰めながら、真栄島は担当地域の協力者を思い浮かべていた。

 堂山(どうやま)ゆきえ。

 安賀田(あがた)まさし。

 多奈辺(たなべ)さぶろう。

 井和屋(いわや)さとる。

 年齢も立場も異なるが、この四人には命に代えても守りたい存在がいる。裏切ったり怖気付いて逃げ出す心配はない。

「うちの担当地域の協力者は四人。そこに()()()()()()()、七人のチームとなる」

 保護政策推進課に配属された者は既に作戦に参加することが決まっている。共に戦うに値する人物かを見極めるために候補者に直接会い、言葉を交わして確かめたのだ。

「最低人数は確保した。杜井(どい)さんの方は?」
「ほぼ同じです」
「では、上に報告を。いつでも行けると」
「はいっ!」

 この作戦の決行日は情勢によって左右される。明日にも出撃が命じられるかもしれないし、何ヶ月も先になるかもしれない。うまく事が運べば市街地や民間人に被害を出すことなく戦争を終結させられるかもしれない。
 だが、楽観は出来ない。
 対処が遅れてしまえば元も子もないのだから。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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