第二話・一人目、堂山ゆきえ 後編

文字数 2,036文字

堂山(どうやま)ゆきえさん。あなたには敵対国が日本近海の島に持ち込んだ兵器を破壊してもらいたいのです」

 突然訪ねてきた県の職員を名乗る男。彼の口から語られたのは、日本が間も無く戦場になるという話だった。そして、ゆきえに兵器を破壊をするよう持ち掛けた。

「そ、そんなの、訓練された人がやるべきことじゃないですか。何故私なんですか」

 戦争が迫っているという話が真実だとしたら大変だ。しかし、事前に分かっているのなら国が動くべきであり、一般人の、それも女性であるゆきえに頼む事ではない。

「もちろん国も動いております。が、我が国は防衛ばかりに偏っていて武力には限りがある。自由に動けない事情もある。そこで、条件を満たしたご家庭にこうしてお話を持ち掛けているのです」
「条件……?」
「近いうちに、国民の皆様に対してシェルターの案内を致します。核にも耐え得る地下施設です。当然定員がありまして、シェルターに入れるのは一人五百万円を一括即金で支払える方のみ。……失礼ながら、堂山さんのお宅にはその余裕はありませんよね」

 一人五百万。娘と二人で一千万。
 大金だ。ローンを組んでも返せるかどうか。

「この件については銀行からの融資は受けられません。戦争となれば回収の目処が立ちませんからね。ああ、だからってヤミ金融は駄目ですよ?」

 ゆきえの考えなどお見通しと言わんばかりに、年配の職員は逃げ場を塞いでくる。

「娘さんをシェルターに入れたくはありませんか」
「え、ええ。その話が本当なら、もちろん」

 職員の申し出に、ゆきえは小さく頷いた。この短時間に有り得ない話を続け様にされ、やや混乱している。

「そこで先程の話です。ゆきえさんが兵器を破壊する作戦に参加してくれるのでしたら、娘さんをシェルターで保護いたします」
「本当ですか?」

 自分が協力するだけで、本来五百万を支払わなければ入れないシェルターに娘が入れる。ゆきえが身を乗り出して聞き返すと、男は何度も頷いた。

「ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()。この意味が分かりますか」
「えっ……」
「この作戦は、いわば捨て身の特攻隊。無事に帰れる保証はありません」

 娘を保護してほしければ命を差し出せということだ。ゆきえの目の前が真っ暗になった。

「……とまあ、急に色々言われてもすぐに決断するのは無理でしょう。明日のこの時間にまた来ます。それまでにどうするか決めておいてください。あ、他の方に相談するのはお勧めしません。国から情報統制がされております。あなたには今から監視がつきます。何かあれば両者とも逮捕されますのでご注意ください」

 それでは、と職員達は帰っていった。
 見せられた資料も情報漏えいの恐れがあるからと回収された。手元に残されたのは三人の名刺だけ。これだけが先程の話が現実であるという唯一の証だ。

「まま、おなかすいた」

 どれだけ放心していたのだろう。気付けば時計の針は午後九時を指し、寝入っていた娘のみゆきが起きてきた。まだ食事の支度すら出来ていない。

「ごめん、すぐ用意するね。おうどんでいい?」
「うん」

 キッチンに立ち、小鍋をコンロにかけるゆきえの足元に幼いみゆきがまとわりつく。寝起きで体温がやや高い。

「こーら、危ないよ」
「……だっこ」
「今はだめ。あとでね」
「うん」

 すぐに引き下がった娘に、ゆきえは表情を曇らせた。 我慢に慣れた我が子を哀れに思ったのだ。

 二人でシェルターに入るには一千万。ギリギリの生活を送るゆきえには到底捻出できない金額だ。どこかから金を借りるという手も封じられた。実家とは離婚以降連絡すらしていない。もし関係が良好なままだったとしても、ポンと大金を出せるような余裕は実家にもない。

 話を受ければ娘は助かるが、自分は死ぬ。
 断れば二人ともシェルターには入れない。

 娘のうどんを冷ましてやりながら、ゆきえは自分の選ぶべき道をずっと考えていた。

 テレビをつけても戦争のニュースなんてどの局も流していない。バラエティーやドラマは通常通り。ニュース番組も小さな事件の続報ばかりで戦争に繋がりそうな情報はない。スマホで検索してみても一切出てこない。
 国による情報統制。
 誰かが異変に気付いて情報を流そうとしたとしても、関連するワードは片っ端から削除されている可能性が高い。

 ゆきえには相談できる相手がいない。
 別れた元夫は最近再婚したと噂で聞いた。今ごろ別れた妻や娘のことなど忘れて新婚生活を楽しんでいるだろう。

「どうしたらいいの……」

 誰に言うでもないぼやきが口の端から漏れた。
 それを聞いたみゆきは立ち上がった。向かいに座るゆきえの横までやってきて、小さな手のひらでゆきえの頭をわしわしと撫でる。

「まま、よしよし」

 自分が涙を流していたことに、ゆきえはその時初めて気付いた。そして、わずか二歳の娘に心配をかけてしまったことに恥ずかしくなった。

 離婚した時、いや子供を授かった瞬間から覚悟は出来ている。
 自分の命に代えても娘を守る、と。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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