第八十三話・本当の目的

文字数 1,516文字

 悲鳴が飛び交う講演会会場の体育館。
 そのステージの上で睨み合う二人の青年。

「とうご、どういうつもりだ。おじさん達がどうなってもいいのか?」

 尾須部(おすべ)の両親は現在、暮秋(くれあき)せいいちの恩恵を受けて特別枠でシェルターに入っている。その身柄を盾に、暮秋とうまが問い質した。

「いいですよ、()()()()。……私は、貴方と違って親が大っ嫌いなんです。煮るなり焼くなりお好きなように」

 平然と答える尾須部に、暮秋とうまは驚きを隠せなかった。
 これまで彼はそんな素振りを見せたことはなかった。進路を決める時と就職の際に多少揉めてはいたが、尾須部親子の仲は良好だと認識していた。だから、親さえ手の内にあれば、彼は無条件に従うだろうと考えていた。

 数年先に生まれた暮秋とうまにあやかり、尾須部の親は息子をとうごと名付けた。それくらい古くからの信奉者だ。教育熱心で、何かにつけて優秀な暮秋とうまと比較した。身近な存在を目標に掲げることで、息子を叱咤激励()()()()()つもりかもしれない。しかし、それは彼を追い詰める要因にしかならなかった。
 笑顔の下で、尾須部はずっと親に復讐する機会を窺っていた。もっとも効果的な方法……それは、何十年も支援し続けてきた暮秋議員への反乱。これまで築いてきた一番の支援者という立場は息子の行動によって崩れ去り、もうこれまでのような信頼関係は望めなくなる。

 散々周囲を巻き込み、世間に対して問題提起する(てい)を装ってはいたが、結局これは子から親への反抗に過ぎない。

 幼い頃に引き合わされてから二十年。父親達と同じようにずっと一緒にいるのだと思い込んでいた。何があっても、何をしてもついてくると信じていた。その尾須部に裏切られ、暮秋とうまは己の慢心に気付き、引き攣った笑みを浮かべた。

「正直おまえのことをナメていたよ。僕をここまでコケにするとはね……やってくれるじゃないか」
「それはどうも。とうまさんのその顔が見たかった」

 阿久居と暮秋、両陣営に同時に喧嘩を売ったのだ。例え告発した内容が世間に広まる前に揉み消されたとしても、尾須部も親もただでは済まされないだろう。

「……可愛い教え子を巻き込んだんだ。どんな制裁でも甘んじて受けるさ」






 さとると江之木(えのき)がみつる達を連れてステージから降りると、体育館内からはほとんどの人が逃げ出していた。三ノ瀬(みのせ)が拳銃を構えて追い払ったからだ。会場のスタッフも流石に近寄れないようで、後方の出入り口付近で避難誘導に努めている。

 唯一残っているのはマスコミのカメラマンとリポーター数名だが、彼らは作業着姿の男に壁際へと追いやられていた。男の手はテレビカメラのレンズ部分を塞ぐように鷲掴みにしている。

「どーもー。コレ生中継? 違う? あっそぉ。じゃあ録画データもらえるかなー?」

 顔から胸元にかけて目立つ刺青を入れた、明らかにカタギではなさそうな男からにこやかに脅され、カメラマンは首がもげそうな勢いで何度も頷いた。従わなければ高価な機材を壊されるという恐れもあった。
 放っておいても不利な事実を暴露された阿久居(あぐい)や暮秋が地方局に圧を掛けて揉み消すだろうが、編集して三ノ瀬やさとる達の場面だけ残されても困る。

「あああアリ君、ありがとぉ〜!」
「三ノ瀬サン面白いコトしてるねー」
「好きでやってんじゃないからねっ!」

 理由はどうであれ、カメラの前で拳銃を撃ってしまったのだ。ここは戦場ではない。銃刀法違反、器物損壊、人に銃口を向けてはいないが最悪殺人未遂罪で捕まってもおかしくはない。
 映像データの確保が出来て、三ノ瀬は心の底から安堵した。

「表で社長が待ってるから行こー」

 先頭を走るアリを追い掛け、全員建物からの脱出に成功した。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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