第四十七話・無数の黒煙

文字数 1,237文字

 車を積み込み、船は出航した。
 徐々に遠ざかっていく島の姿を、さとるとゆきえは複雑な心境で眺めていた。

 島の中央に位置する山、その山頂からはまだ黒煙が上がっている。あそこで安賀田(あがた)は地対艦ミサイル破壊と引き換えに命を落とした。
 そして、その麓にある住宅街で多奈辺(たなべ)も死んだ。遺体を発見出来たのは運が良かった。そうでなければ、生存の可能性があるうちは島から出られなかっただろう。

 車が四台減ったことで、行きに比べれば船内には余裕があった。しかし、至る所に血痕が散っていて寛げるような環境ではない。畳スペースも同様。それに、軽トラックの荷台には多奈辺の遺体がある。

「ごめんねー、この中でもチョットやりあっちゃったからさー。一応片付けたんだけど、血の跡まではねー!」

 何を片付けたかは聞くまでもない。
 何となく船室に居辛くなり、右江田以外の全員が操舵室付近に集まった。自動車運搬船とは言っても操舵室は狭いので、そこに繋がる通路に固まっている状態だ。底抜けに明るいアリの側で、彼の呑気な声を聞いて現実逃避したいだけなのかもしれない。

「……あの、私達はこれからどうなるんですか」

 ゆきえが小さな声で尋ねたのは今後のこと。
 命と引き換えに家族をシェルターに保護してもらった。その任務が終わった今、生き残っている者はどうしたら良いのか。それを問うているのだ。

「貴方がたは役目を果たしてくれました。その功績で、ご家族のいるシェルターに入ることが出来ます」
「え?」

 真栄島(まえじま)の返答に、思わず疑問の声を上げる。

「兵器は壊したんですよね。それなのに、まだシェルターに入る必要があるんですか。みゆきを連れて家に帰っては駄目なんですか」

 地対艦ミサイルは破壊した。
 脅威は無くなった。
 だから、日常に戻れると期待した。

「……確かに()()()役目を果たしました。しかし、敵国はこの島だけでなく、他に十数箇所軍事施設及び兵器を配置しています。私達のチーム以外にも同時進行で任務に当たっていたんです」
「あっ……」

 行きの船で説明を受けたことを思い出す。




『我々が向かう島以外にも、敵国の軍事施設がある場所が十数ヶ所判明しています。貴方がたの他に、全国で百名以上の民間人の方に協力していただいております』




「え、でも、じゃあ、他でも任務が終わっていれば、戦争は……」
「残念ながら、全てが成功した訳ではありません。返り討ちに遭い、全滅したり任務を遂行出来なかった場所が半数近くあったと報告がありました」
「そんな、じゃあ」

 操舵室に繋がる通路には窓があり、外を見ることが出来る。鱗状に残る潮の跡で見え辛い窓ガラスに張り付き、ゆきえとさとるは前方を注視した。

「仲間からの情報によると、どうやら太平洋側の沿岸地域にある地方都市にミサイルが撃ち込まれたようです。……貴方がたの住んでいた地域も、駅周辺を中心に壊滅状態となっているそうです」

 海原の遥か向こうに見える陸地の影。
 そこから立ち上る無数の黒煙が事態の深刻さを物語っていた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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