第三十五話・新たな武器

文字数 1,316文字

 見通しの良い、遮蔽物がほとんどない港の前の通りを三台の車が駆け抜ける。先頭はさとるとゆきえが乗る軽自動車。その後ろに三ノ瀬(みのせ)の軽自動車、最後に右江田(うえだ)多奈辺(たなべ)が乗るオフロード車が続く。

 港を通り過ぎる直前、連続して発砲音が響いた。狙撃されたようだ。銃弾は全てオフロード車のボディに命中した。
 もう少し走行速度が遅ければ前を走る軽自動車の側面の窓を撃ち抜いていただろう。ドア部分には鉄板が仕込まれているから貫通はしないが、窓は防弾ガラスではない。銃弾が当たれば簡単に砕けてしまう。

 先ほどの狙撃は港側からだった。
 敵がいるのは明らか。しかも、撃った弾は全て命中している。山頂にいた見張りとは違い、無駄に撃ちまくることもなかった。今度の相手は素人ではない。
 ぞっとしながらも、右江田はアクセルを更に踏み込んで加速した。

「とにかく、真栄島(まえじま)さんに指示もらわねーと」
「……」

 焦ったような小さな呟きを、後部座席に座る多奈辺は黙って聞いていた。

 右江田は強面(こわもて)で身体が大きく、運動能力も高いが、三人の勧誘員達の中では一番年下である。故に上からの指示が無ければ動けない傾向にある。これが普通の仕事ならば『自分で考えろ』と突き放すことも出来るが、このような状況では経験豊富な人間でも冷静に判断することは難しい。仲間の命がかかっているのだから、権限がない者や序列の低い者は自分で決断を下すことを避けたがる。

 多奈辺にも権限はない。単なる協力者の一人。今は自分の車を失い、右江田に乗せてもらっている立場。武器は拳銃一丁、弾はあと四発のみ。山頂では敵が背を向けていたから当てることが出来たが、身を隠して狙撃してくるような相手には分が悪い。
 勝ち目はないと分かっているのに、また撃ちたいという気持ちが湧き上がり、じわじわと思考が染められていく。

「……武器が足りませんよね」
「あ、えっ? そうっすね」

 急に多奈辺から話し掛けられ、右江田は驚いた。
 山頂で車に乗せて以来、多奈辺が口を開いたのは今が初めてだったからだ。

 確かに武器はない。車に積んだ無反動砲(ロケットランチャー)は撃ってしまったし、手榴弾も使い果たした。もし敵が目の前に現れたとしても、車で突っ込むくらいしか反撃の方法がない。
 運転しながら右江田は頭を悩ませた。そして、何か思い出したように「あっ」と声を上げた。

「そーいやトランクになんかあった気が……俺には警棒があるからいーやと思って忘れてた」

 それを聞いた多奈辺は後ろを振り返り、座席越しにトランクを覗き込んだ。すると、そこには布に包まれた細長い形状の何かが置かれていた。
 すぐさまシートベルトを外し、座席の背もたれを乗り越えてトランク部分に移動する。

「ちょお、多奈辺さん! 危ないっすよ!」
「すみません、早く確認したくて」
「んも〜勘弁してくださいよぉ……」

 走行中の車内である。突然の行動に右江田は仰天した。バックミラーで後方を見て多奈辺の無事を確認し、大きく息を吐き出す。
 巻かれた布を剥ぐ。気ばかりが()いて、指がもつれて上手く出来ない。やっとのことで包まれていたものを取り出せた時、多奈辺は目を細めた。

「これは……」

 布に包まれていたのは少し古びた小銃(ライフル)だった。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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