第九十二話・交渉材料

文字数 2,215文字

 山奥にある国有地の更に奥地にシェルターはある。山肌を覆うコンクリートは土砂崩れ防止の擁壁(ようへき)とほぼ同じ。ここにシェルターがあると一目で分からないように造られている。
 生き残った協力者達から「自宅の様子を見に行きたい」との声が多いこともあり、一度外に出る話も出ている。頻繁に出入りをすればシェルターが外部の人間に発見されてしまうため、無計画に動くわけにはいかない。見つかれば、国だけでなく保護されていた人が非難されるからだ。

「現在、協力者や保護対象者の中で身寄りのない人や住む場所を失った人のための施設を準備しております。そちらに拠点を移す際に色々動こうかと」

 任務で命を落とした協力者もいる。彼らに代わり、残された保護対象者の面倒を国が見ることになっている。家や職を失った協力者が再び普通の生活を送れるようになるまで支援する必要もある。
 また、命のやり取りを経て心に傷を負った者も少なくない。彼らの精神的な治療を一般の病院に任せるわけにはいかない。病院や児童保護施設などを併設した施設の整備が着々と進められているという。

「復興やら何やらで大変な時期だろ。国もゴタゴタしてるだろうし、こっちの対応が適当になったりしねェか?」

 爆撃に遭った沿岸部の市街地の整備、復興、住む場所を失った人々の仮設住宅設置、その他諸々の補償など、資金と時間が掛かる問題が山積みとなっている。そんな中で、果たして当初の約束通り責任を果たしてくれるのか。
 江之木(えのき)の問いに、真栄島(まえじま)はにっこりと笑った。

「後回しになんかさせませんとも。こちらには講演会の映像データがありますからね。阿久居(あぐい)せんじろう議員だけでなく、暮秋(くれあき)せいいち議員とその息子、暮秋とうま氏の顔も発言も全て収まっています。世間に出回っている映像よりクリアで、音声も聞き取りやすいものがね。これを使って待遇の交渉をします。……皆さんの命懸けの行動には必ず報いてもらいますよ」

 要は、映像をネタに国を脅すということだ。
 映像の中には、尾須部(おすべ)がICレコーダーで流した複数の議員の音声も入っている。話しているのが誰か特定されたら困る者もいるはずだ。
 それだけでなく、シェルター職員用の机の中から尾須部の残したファイルが見つかった。彼が講演会会場でバラ撒いた書類の大元のデータだ。内通者リスト、通信記録、取引内容などが全て収められている。これも有効なカードになるだろう。
 真栄島の口調は普段通り穏やかだが、逆にそれが恐ろしく感じて江之木はそれ以上何も聞けなくなった。

「そっちには私の顔がバッチリ映ってんじゃないの? やだー、葵久地(きくち)さん編集して編集!」
「みつる達の顔と声も消してほしいんだけど」
「分かってますよ。後でちゃんとやりますから」
「ほんっっっとにお願いね!」

 三ノ瀬(みのせ)とさとるの懇願に葵久地が笑顔で応えた。
 彼女は裏工作に必要な技術を身につけており、情報収集だけでなくこういった作業も得意としている。交渉材料に使う映像データは彼女が編集した後のものを使うことになる。
 講演会の会場でアリがマスコミから奪った映像データが思わぬところで役に立つ。いや、最初からそのつもりでアリに協力を要請していたのかもしれない。どこまでが真栄島の策なのか、それは彼にしか分からないことだ。

「そういえば、安賀田(あがた)さんの奥さんには?」
「……お伝えしましたよ。帰還した協力者の方達から外の情報が広まってきましたので、もうテレビの報道なども隠さず見せています。その際にお話をさせていただきました」

 さとる達が連れ去られた二人を探しに出掛けている間、シェルター内でも様々な変化が起きていた。
 混乱を防ぐために伏せていた情報を開示して、会話が可能な保護対象者に対して事情を話したのだ。真栄島と杜井(どい)、そして他の勧誘員も、自分が担当したチームの遺族に対して説明をした。
 遺体を持ち帰ることが出来たのは多奈辺(たなべ)くらいだ。他の犠牲者は現場に置き去りとなっている。有人の島にはこちらから現地の警察や消防に連絡を入れ、外見等の特徴が一致した遺体の回収と保管、移送を依頼している。

「安賀田さんの死も、自宅がある地域が被害を受けているということも伝えました。もう少し情勢が落ち着いたら、安賀田さんの遺品か何かを回収しに無人島に行く予定です。お墓に入れるものが何もないのは辛いですから」
「そっか……」
「メインルート班で一緒だった右江田(うえだ)君が安賀田さんの奥さんに無人島でのことを話してくれました。ご主人がどれだけ頑張ったのか、伝わっていると思います」
「それなら良かった」

 恐らく右江田はまた号泣しながら話したのだろう。その光景が容易に想像出来た。安賀田には無人島で世話になった。彼がチームを牽引してくれなければ、彼の献身がなければ任務を達成出来なかった。
 行きの船で安賀田から話し掛けられたことを思い出す。彼は若いさとるを気に掛け、手榴弾の有効な使い方を一緒に考えてくれた。

「オレもお礼言いに行きたい」
「きっと喜ばれますよ」

 話し合いの後、さとるはシェルター内にある医療施設に入院中のちえこの元を訪れた。
 ベッドの上で上半身を起こした状態で出迎えた彼女は、静かに微笑みながらさとるの話を聞いた。こんな若い子まで参加していたなんてと驚かれたが、無事に戻ってきたことを喜んでくれた。

「お話してくれてありがとうね」

 それ以来、さとるは時々ちえこの見舞いに行くようになった。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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