第七十五話・講演会の始まり

文字数 1,153文字

 ポートピアホール那加谷(なかや)にて行われる国会議員阿久居(あぐい)せんじろうの講演会。阿久居が壇上に上がっている間に何かが起きると三ノ瀬(みのせ)は考えた。

「阿久居に危害を加えるだけなら堂々と近付ける立場の尾須部(おすべ)はいつでも出来るのよ。でも、それを未だやってない」
「確かに、阿久居になんかあれば大騒ぎだ。今のところ立ち入り禁止エリアは静かだからな」
「もしかして、講演会の真っ最中に壇上で?」
「そう。衆人環視の中で子ども達を使って何かするつもりなんじゃないかしら」
「……!」

 さとると江之木(えのき)が息を飲んだ。
 三ノ瀬の予測が正しければ、みつるとりくとは大勢の人の前で何かをさせられる。阿久居に対する糾弾か、それとも直接的な凶行か。どちらにせよリスクがある行為だ。

「それなら講演会までは何も起きないとも言えるな」
「確かに」
「一応二人がいるのは分かったし、念のため社長に連絡しとくわね」

 視界の端に映るのは、阿久居と共に到着した貨物トラック。今もボランティアスタッフが積荷の救援物資を下ろす作業に勤しんでいる。

「……そういや、議員ってこういうバラ撒きしちゃダメなんじゃないか?」
賄賂(ワイロ)みたいなもん?」
「確かそんな法律があったような……まあ非常時だからいいのかもしれんが」

 この施設には近隣からの避難民が多く身を寄せている。心身共に弱った時の救援物資はどんな綺麗で正しい言葉より力を持つ。やはり後々の人気を考えての行動なのだろうか。





 元々の講演会会場は大ホールだった。
 しかし、このような事態となり、急遽場所が変更となった。建物内で一番開けた空間であり、より避難民が多く収容されている場所……体育館である。
 避難所と化した体育館にはゴチャゴチャと毛布や荷物などが積まれ、所在無さげに座り込む人々が数多く見られた。ラジオから繰り返し流れてくる各地の被害状況や戦況を聴きながら、誰もが疲れ果てた表情で俯いている。
 そんな中、体育館の前方にあるステージで会場スタッフが忙しそうに動き回っていた。置かれていた荷物を端に寄せ、舞台袖に片付けられていた演台を引っ張り出し、マイクをセッティングしている。
 間もなく講演会が始まるのだ。

 さりげなく体育館内に入り、ステージからさほど離れていない場所にさとる達は陣取った。ここからならばステージがよく見える。会場の構造から見て、立ち入り禁止エリアにある控え室から体育館のステージまでは直通の道があると思われる。

 本来の講演会と違い、ここにいる人々は阿久居せんじろうの支援者ではない。たまたま会場に居合わせただけ。
 そんな人々の前で阿久居は何を話すのか。
 こんな時期に講演会を開く意味はあるのか。

「……来たわ!」

 三ノ瀬の指差した先、ステージの上手(かみて)の袖幕の間から姿を見せたのは、会場スタッフに先導された阿久居だった。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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