第四十八話・悪い人

文字数 1,725文字

「……オレ達は任務を終わらせたのに、それなのに、町が壊されたって、なんだよ」

 さとるは怒りで声を震わせた。これまで取り繕っていた言葉遣いも戻ってしまっている。

 彼の勤め先の工場は郊外にある。しかし、掛け持ちのアルバイト先である居酒屋や弟の通う中学校や学習塾は駅の近くにある。先ほどの話が本当ならば、何らかの被害を受けているだろう。
 ゆきえの住む団地は駅からやや離れているが、勤め先である保険代理店が駅近くの雑居ビルに入っている。職場はどうなったか、同僚は、顧客はと考えているうちに立っていられなくなった。崩れるように壁に凭れ、真っ青な顔で窓の外を見つめている。

「──自分らは頑張ったのにー、って?」

 嘲笑うような声が響いた。アリだ。
 彼は顔だけ振り返り、操舵室の出入り口そばで憤るさとるに話し掛けた。その顔には普段通りの胡散臭い笑みが張り付いている。しかし、今まで彼がこんな風に挑発的な言葉を投げ掛けてくることはなかった。

「ねえ、ホントに分かってるー? ホントは自爆覚悟で全員突っ込んでミサイル壊すのが妥当くらいに考えてたんだよー? それなのに、こんなに生きて帰ってこれたのは()()()()()()()()()()()()()()()じゃないのかなー?」

 車を改造して無反動砲(ロケットランチャー)を載せたのはアリだ。慣れない素人でも、全員で突っ込めばギリギリ目的を達成出来るよう調整していたのだろう。

 犠牲者はたったの二人。
 車は三台も戻ってきた。

 その言葉に、さとるは黙り込んだ。
 自分達が生還出来たのは安賀田(あがた)が独り山頂に残ってくれたからだと思い出し、唇を噛んで俯いた。

「それに、君らの担当したトコは割と簡単な場所だったんだからねー。他のトコが失敗したからって怒るのは筋違いよー」

 作戦は同時進行。
 難易度は担当する場所によって異なる。

 今回、真栄島(まえじま)率いるチームが担当した島は難易度が低いと想定されていた。無人島故に住民の安全を気遣わなくて済むため、複数の無反動砲が配備されたらからだ。他の場所は住民がいる場合もあり、出来るだけ周辺に被害が出ないように配慮する必要があった。武器の割り振りも違う。
 しかし、住民の目がないことで地対艦ミサイル搭載の大型軍用トラックが持ち込まれた。破壊対象の耐久力は高いが、目的を『ミサイル制御装置の破壊』に定めれば比較的簡単な任務と言える。
 ちなみに、『難易度』はあくまで任務遂行に対するもので、協力者達の生還率とは関係ない。

「そ、そんなこと、言われたって」
「さとる君!」

 アリから責められたように感じたのだろう。さとるの心が大きく揺らいだ。白くなるほど強く握りしめられた拳が震えているのを見て、ゆきえが慌ててその手を取った。早く平静さを取り戻させないと船内で乱闘が起きるのでは、と思ったからだ。

「あの、私達、やっぱり車で休みます」
「その方がいいでしょう。ゆっくり休んでください。……三ノ瀬(みのせ)君」
「はーい! 私も行きまーす」

 三ノ瀬は足の負傷でうまく歩けないゆきえに肩を貸し、落ち込むさとるに明るく話し掛けて空気を変えつつ、下の船室へと移動した。
 それを見送った後、真栄島は操舵室に入って内から扉を閉めた。

「アリ君、どうした。君らしくないね」
「ハハッ、……あー、ちょいイライラしてたかも。あんな若い子に当たるなんてダメだよね」

 操舵輪(ハンドル)に上半身を凭れさせ、アリは少し声のトーンを落として応えた。今の表情は、後ろに立つ真栄島からは見えない。

 アリにも色々思うところがあったのだろう。
 港で制圧した兵士達はみな彼の祖国の人間だ。敵対していたとはいえ、意思の疎通が出来る相手を殺したのだから、平然としていられるほうがおかしい。

「大丈夫。君は正しいことをしたのだから、そんなに自分を責めてはいけないよ」
「んー、そうかな。そうだよねー」

 慰めの言葉に、アリはすぐに持ち直した。自分の犯した罪を誰かに肯定して欲しかっただけかもしれない。

「……真栄島サンも悪い人だよね。あんな責任感強そーな人をリーダーにしたら、そりゃ成果出すまで現場離れないもんね。分かっててやったでしょー」
「そうだね、私が一番悪い」
「うわあ、怖いこわーい!」

 ケラケラ笑いながら、アリは真栄島の肩を何度も叩いた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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