第四十六話・戦いの痕跡

文字数 1,104文字




 軽トラックの荷台に毛布に包まれた遺体を積み、右江田(うえだ)は無言で俯いた。多奈辺(たなべ)の死に責任を感じているのだ。

 狙撃を無視して走り抜けていれば良かった。
 トランクに小銃(ライフル)があると教えなければ良かった。
 車を降りる多奈辺を強く引き止めれば良かった。
 もっと早くに探しに行けば良かった。

 声に出さなくても後悔と懺悔が聞こえてくるようで、右江田が落ち着きを取り戻すまでの数分間、真栄島(まえじま)は黙って寄り添った。さとるも三ノ瀬(みのせ)も車から降りず、周囲を警戒しながら待機した。





 港に着くと、あちこちに薬莢や壊れた武器が散らばっていた。コンクリートの地面には大量の血痕があり、何かを引き摺ったような痕が岸壁の方まで続いている。ここでも激しい戦闘があったのだろう。

「おっかえりー! ちょうど片付いたトコよー」

 呑気な声が遠くから聞こえ、全員の視線がそちらに集中した。やや離れた堤防の途中に立つアリの姿がある。彼は笑顔で手を振りながら、足元に転がる塊を海に蹴落としている最中だった。

「ハイッ、これでおしまーい!」

 ドボン、と何かが海に落ちる音が響く度に大きな水飛沫が舞う。アリは跳ねた海水で濡れた手を軽く払いながら胡散臭い笑みを浮かべ、ゆっくりと三台の車に歩み寄ってきた。

「アリ君、大変だったようですね」
「ホントよー。海から新手が来るとか聞いてなかったからビックリしたよー!」

 七台の車が島に上陸した後、すぐ敵の正規兵十数人が乗った漁船が到着した。流石に一人で全員を相手にすることは不可能。持ち前の交渉力と愛想で何とかやり過ごしていたのだが、その内に山頂で爆発が起きた……ということらしい。
 言い訳が通用しない事態に陥り、アリは一気に針のむしろに立たされた。
 何人かが様子を見に住宅街の各拠点に戻る中、半数は港に残った。地対艦ミサイルを破壊した侵入者を手引きしたアリに報復するためだ。

 しかし、彼らは選択を誤った。
 報復するなら()()()()()()()()()()()

「人数が減ったから何とかなったよー」
「それは何よりです」

 たった一人で七、八人の正規兵と相対し、全員倒したという。しかも無傷で。彼の作業服には返り血ひとつ付いていない。真栄島達が戻る前に死体を全て海に捨てて片付ける余裕まであった。

「アイツらのせいで船が更にボロっちくなったけど、フツーに動くから安心してねー!」

 彼は島から脱出する唯一の手段である船を守っていた。
 小型の自動車運搬船は何十発もの弾丸を受けて酷い有り様だが、エンジンや操舵室は無事だった。航行には何の問題もない。




「さあ、帰りましょう」

 この島での役目は終わった。
 目的は達成したが、失ったものが大き過ぎて誰も素直に喜べなかった。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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