第九十三話・頼りになる人
文字数 2,414文字
任務で親が亡くなった子もいる。自分は祖父の遺体に会わせてもらえてお別れも出来た。だから、これ以上我が儘を言ってはいけない。ひなたはそう考えていた。
昼間はまだ良い。小学生と中学生は同じ教室に集まり、わいわい騒ぎながら勉強をするからだ。
十数人の生徒をまとめるのは
調子に乗った生徒達から右江田を守るのがひなたの役目。いや、そうすることで自分の存在意義を作りたいのだ。ひなたは自分の行動の理由をちゃんと把握していた。
「シェルターから、出る……?」
「もうすぐ外に保護施設が用意出来るから、そっちに移ることになるんだよ。その時に自宅に帰れる人は帰るんだ」
昼休み。食堂で向かいの席に座る右江田からそう言われ、ひなたは箸を掴んだまま俯いた。
ひなたには両親がおらず、祖父と二人暮らしだった。その祖父、
「わ、わたしは」
「ひなたちゃんはその保護施設に。施設から学校に通えるように
「右江田先生は?」
「俺はアパートに帰るかな」
「そっかあ……」
平静を装いながら、ひなたは昼食の唐揚げを口にした。美味しいはずなのに、何故か味が分からない。
シェルターから出てしまえば、みつるとも会えなくなる。右江田にもだ。大部屋で仲良くなった子達も自宅に帰ってしまう。当たり前の話だ。ここにいる大人逹はみな大事な家族を守るために戦ってきた。
彼にも家族がいて、その人と家に帰るのだ。
そう考えたら、寂しいのと悲しいのと辛いのが絡み合って、何とも言えない気持ちになる。こんな感情は祖父との別れ以来で、ひなたは溢れそうになる涙をぐっと堪えた。
「俺がここで働いてるのは、甥っ子を保護するためだったんだよね」
「え?」
「姉夫婦にはひとり子どもがいて、ダンナさんが姉さんを、俺が甥っ子を保護するために協力者になったんだ。まあ、俺はガタイがいいから勧誘員補佐に回されちゃったんだけど」
右江田の姉は彼に似ておらず、細身の儚げな女性である。義兄は妻を守るためにすぐに協力を申し出た。しかし、協力者一人につき保護出来るのは一人まで。そこで弟の右江田にも話が来た。可愛い甥っ子のため、右江田もすぐに了承した。
幸い義兄は無事に任務を終えて帰ってきた。現在は親子三人水入らずで過ごしている。
「うち親が居なくて、ずっと姉さんが俺の世話をしてくれて、だから絶対助けたかったんだ」
「……」
姉の話をする彼は穏やかな表情をしている。ひなたは右江田の話す姿を眺めながら、自然と口元を緩めた。
「それで、俺、学校の先生を目指そうと思って」
「先生に?」
「諦めてたんだけど、ひなたちゃんのおかげで自信が付いたから、もう一回頑張ってみるつもり」
「すごーい! 絶対なれるよ!」
顔は怖いが、右江田は優しいし教え方も分かりやすい。一度打ち解けてしまえば、きっと生徒から好かれる良い先生になれるだろう。ひなたは心からそう思い、素直に応援した。
「もし先生になれたら、続けていけそうだったら……ひなたちゃん、俺と一緒に住まない?」
「へ?」
予想外の提案に、ひなたは掴んでいた唐揚げを皿の上に落とした。続けて箸も手から落ちて皿に当たり、カランカランと乾いた音が響く。
「──なんで?」
当たり前の疑問がひなたの口から出た。
右江田とひなたは他人だ。
なんの関わりもない。
唯一あるのは右江田の負い目だけ。
「……おじいちゃんのことなら、もう気にしないでいいって言ったよね。わたしのこと、かわいそうだと思ったの?」
両親がいなくて可哀想なんて、これまで見ず知らずの他人から散々言われてきた。上辺だけの同情の言葉が何よりも子どもを傷付けるというのに、彼らはいつも『不憫な子に優しく声を掛けてあげる自分』を演じるためだけに近付いてくる。
そういった扱いには慣れているが、まさか右江田にまで同情されるとは。そう思っただけで、ひなたの心がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。
しかし、右江田はそれをキッパリ否定した。
「違う。……俺が弱いから、ひなたちゃんに助けてもらいたいだけなんだ」
「助ける? わたしが?」
「情けない話だけど、俺、メンタル弱くて。今もひなたちゃんが居なかったら代理の先生なんか出来なかった。外に出たらもっと色んなことがあるだろうし、俺一人で乗り越える自信なくて……それで、近くで支えてもらえたら、と……ごめん。身勝手な話なんだけど」
言いながら、だんだん語尾が小さくなっていく。自分でも本当に情けないと思っているようで、右江田は恥ずかしそうに目線をそらしていた。
「……誰かに相談とかした? お姉さんとか」
「いや誰にも言ってない。まず、ひなたちゃんに許可もらわなきゃと思って」
誰かの指示やアドバイスではなく、右江田自身がこうしたいと思ったから出た言葉。
こんな風に大人から頼りにされたのは初めてで、ひなたは大きな目をパチパチと何度か瞬かせた。言われた言葉を何度も反芻する。彼の態度から嘘ではないと分かった。
「……し、仕方ないなあ。そんなに言うなら助けてあげてもいい、けど」
「ホントに? ありがとう!」
「ちゃんと先生になれたらね」
「うん、俺頑張るよ」
テーブルに身を乗り出し、ガシッとひなたの手を掴むと、右江田は嬉しそうに笑った。
「右江田先生、痛い」
「ああッ、ごめん!」