第七十七話・大衆扇動

文字数 1,825文字

『──さて、何故皆様がこのような憂き目に遭うのか、()()()()()()()()()()()()分かりますか』

 突然阿久居(あぐい)の声のトーンが下がった。
 彼の話に聞き入っていた人々はその変化に気付き、会場内がややザワついた。

『今回、他国からこのような攻撃を受けたのは、我が国の政権の失策に他なりません。戦後から続く戦勝国への追従、弱腰外交、戦後処理の不備……要は如何にも日本人らしいどっちつかずの態度ですね。とにかく、それをダラダラと続けてきてしまった政府の責任です!』

 これまでの穏やかな口調が嘘のように、阿久居は力強くそう言い切った。現役国会議員による現政権批判。

『外交に力を入れ、近隣諸国との関係を良好に保っていれば、少なくともこのような最悪の事態は避けられました』

 確かに、今回の被害は戦後最悪と言っていい。沿岸地域を中心とした複数の市街地の壊滅。まだ正確な数字は出ていないが、死傷者、行方不明者は局地的な自然災害に比べて遥かに多い。
 会場に居合わせた避難民達は、怒りと悲しみの矛先を明確に示された。「そうだそうだ!」と阿久居に賛同する声が上がり始める。家族や住む場所を奪われた人達の怨嗟の声が体育館内にじわじわと沸き起こり始めた。

「ちょ、ちょっと」
「なんだ急に……」

 間近で聴衆の変化を感じていた三人は、身を寄せ合ってその声を聞いた。
 周りに飲まれそうになりながら、さとるは前方にあるステージを見上げた。みつる達の姿はまだ見えない。しかし、この近くには居るはずだ。見つけたらすぐ手を取ってここから逃げよう。それだけを考え続けた。

 会場内の様子を肌で感じ取りながら、阿久居は更に声を張り上げた。

『それだけではありません。政府はまさに皆様を裏切るような施策を陰で行なっておりました。それこそがシェルターの存在です!』

 シェルターの話が出て、三人は思わず顔を見合わせた。

『実は、日本には幾つかシェルターがあります。地下深くに造られた、核攻撃にも耐え得る大型施設です。しかし、このシェルターの存在は国民には秘密にされてきました。……皆様も知りませんでしたよね?』

 阿久居の問い掛けに、聴衆の殆どが頷いた。会場内のあちこちでヒソヒソと囁き合う声が聞こえてくる。

「アイツ、なんでシェルターのことを……」
「日本は何をやるにも国会で決議するから、国会議員なら知ってても不思議はないわよね」
「でも、何もこんなところで言わなくても」

『爆撃が起こる前にシェルターが一般に開放されていれば、少なくともこんなに多くの死者は出ませんでした。にも関わらず、政府は全てを秘密にし、自分達の身内や支援者ばかりを保護してきたのです』

 これには聴衆である避難民達が怒りを露わにした。ザワつきではなく、怒りの声が其処彼処(そこかしこ)から上がっている。当然だ。助かる手段があったのに隠されていたのだから。

「……怒りはもっともだが、果たして何も起きてないうちにシェルターに行こうと決断できる人間がどれだけいるか……」
「その点、さとる君や江之木(えのき)さんは思い切りが良かったわよね」
「まあ、半分脅されたようなもんだったけど」
「ひっど〜い! さとる君は自分からやるって言ってくれたじゃないの!」

 三人が小声で言い合っている間も、阿久居はシェルターの存在とそれをひた隠しにしていた政府の批判を続けた。

『そのシェルターに特別枠で入れた一般人がいます。今日はその二人に来てもらいました。……さあ、こっちへおいで』

 少し口調を和らげ、阿久居が舞台袖の方に手を差し伸べた。少し間を開け、背中を押されるようにしてステージに現れたのは二人の少年だった。後ろに付き添うように立つスーツ姿の青年は尾須部(おすべ)だ。

 みつるとりくと。
 彼らの姿を見た途端、さとると江之木は拳を握り締めて腰を浮かせた。

「ま、待って、飛び出しちゃダメ! マスコミのカメラが来てる!!」

 その言葉に振り返れば、いつの間にか体育館後方の出入り口付近と中ほどにカメラクルーとリポーターの姿があった。恐らく地方局から避難所の取材に来ていたのだろう。

「もし取り押さえられたら面倒よ。私達、武器持ってるもの」

 さとるはナイフ、江之木は特殊警棒、三ノ瀬(みのせ)に至ってはニセ巡視船から奪った拳銃を所持している。見つかれば間違いなく逮捕されてしまう。
 今にも飛び出さんばかりだった二人は、僅かに残った理性で己をその場に押し留めた。気持ちを落ち着けるように大きく息を吐き出し、さとる達はステージを睨み付けた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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