第二十五話・山頂到達

文字数 1,907文字

 安賀田(あがた)率いるメインルート班は、バリケードを退かして再び車を走らせていた。
 山道は舗装されているが、カーブ以外にガードレールもないような道だ。島の住民が居なくなって数年。道の端には落ち葉が溜まり、アスファルトのひび割れ部分から雑草が伸びてはいるが、車を走らせる分には不便はない。

 エンジンをふかし過ぎると音で接近がバレてしまうが、ゆっくり進めば相手に備える猶予を与えることになる。事前の打ち合わせで、メインルートを進む安賀田たちには短時間で作戦を遂行すると決まっている。
 最速で現場に駆けつけ、最速で軍事施設とされる建物や兵器を破壊する。それが一番の目的だ。
 だが、そう易々とはいかなかった。

「ま、そりゃバレてるか」

 先頭を走っていた右江田(うえだ)のオフロード車がハザードランプを点滅させてから急停止し、後ろに続く安賀田と多奈辺(たなべ)の車もすぐにブレーキをかけて止まった。
 山頂まであと僅かの位置。傾斜のある曲がりくねった道の少し先に、通行を阻むように軽自動車が一台斜めに停められていた。その車の陰に人影が見える。侵入者に気付き、急遽道を塞ぐためにここに停めたのだろう。

「邪魔だなー。でも、こんなトコで時間食うワケにゃいかないんすよね」

 目の前を塞ぐ軽自動車を見て、右江田は目を細めた。そして、ブレーキを掛けた状態でアクセルを強く踏み込み、エンジンの回転数を一気に上げた。ブォン、と大きくふかしてから、ブレーキペダルから足を退かす。
 急発進からの突撃。
 激しい衝突音と共に前方を塞いでいた軽自動車の横っ腹にバンパーがめり込み、呆気なく道の脇にある斜面へと押し出されていった。そのまま突っ込んでくるとは思わなかったのか、車の後ろにいた人影は慌てて山頂方面へと走って逃げ出した。

 右江田の車が頑丈で重量のあるオフロード車で、フロントグリルガードを装備していたからこそ出来た無茶だ。軽自動車は側面のドアが大きく歪んだが、こちらは全くダメージを受けていない。
 障害物を退けることに成功した右江田は、窓を開けて後ろの二人に軽く手を振ってから再び山道を進み始めた。その後に付いて、安賀田のSUV車と多奈辺のセダンも発進した。

 山頂の開けた場所に学校跡地がある。幸い校門に柵は無かった。山道からそのまま校庭内へと車で侵入する。
 二階建ての小さな校舎と物置きらしき建物。雑草だらけの校庭の片隅には古びたブランコや鉄棒などの遊具。
 そして、運動場の中央にはトラックが停車してあった。離島には不釣り合いな(いか)つい暗緑色(オリーブドラブ)の大きな車体。明らかに軍用車だ。荷台に積まれた幾つかの筒が破壊対象のミサイルだろう。車体を水平に保つためのアウトリガーが張り出し、地面にしっかりと降ろされている。

 だが筒はまだ上を向いていない。
 つまり、すぐに発射されるような状態ではないということだ。ならば事前に考えていたより時間に余裕がある。
 また車で突っ込むもうかと考えたが、先ほど山道を塞いでいた軽自動車とは違って大きさも頑丈さも桁違い。ぶつければこちらが負けてしまう。どうすべきかと右江田は迷った。後続の安賀田、多奈辺も同じように感じたのだろう。車を横付けして窓を開ける。

「あれ、三台分のロケットランチャーぶっ放せばワンチャンあるかなーと思うんすけど」
「うーん……いや、心許(こころもと)ないな」

 フロントガラスに貼られた透明なフィルムには、助手席に積まれた無反動砲(ロケットランチャー)の照準が示されている。右江田の車は車高が高いが、安賀田や多奈辺の車はやや低く、ミサイルの筒部分に直接当たる位置にない。破壊するには火力が足りないと安賀田は考えた。

 二人が窓越しに相談している間、多奈辺は拳銃を構えて周囲を警戒していた。先ほど逃げた一人が仲間を呼ぶ可能性がある。恐らく校舎が根城になっているはずだ。

 安賀田は校庭をぐるりと見回した後、視線を校舎へと向けた。
 この小学校は数年前に島民がいなくなる前から廃校となっていたという。古めかしい木造の建物には蔦が這い、窓ガラスは何ヶ所か割れている。その割れ目から見える数人の人影。こちらの様子を窺っているが、何故か攻撃してこない。

「あちらの人員と装備がどれほどのものか、まずは私が直接確認してみよう」
「ホントに行くんすか、安賀田さん」
「うん。なんか君がさっき車で突っ込んだの見たら覚悟が決まったよ。もし私が撃たれても、構わず標的の破壊を優先してくれ」

 単なる会社員に過ぎないが、虚勢をはることだけは得意だ。それは過去の仕事やここ数年の彼の状況がそうさせた。

「アポなし訪問は流石に初めてだな」

 車から降りた安賀田は、穏やかな表情を浮かべながら校舎に向かって歩き出した。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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