第七十二話・逃亡
文字数 1,517文字
「アイツは単なる塾講師だろ? 地元が同じわけでもないのに国会議員と知り合いっておかしくねェか」
「隠し子だったりして〜」
「何言ってんすか。それなら人前で話し掛けられたら嫌でしょ」
「それもそっか」
気にはなるが、それは本来の目的ではない。
三人がここまで来たのは、みつるとりくとを探し出して保護するためだ。
「関係者以外立ち入り禁止エリアにいるかもしれない。なんとかして忍び込めないかな」
「でも見張りがいるぞ」
出入り口を塞ぐように、常に男性スタッフが仁王立ちしている。部外者が簡単に通してもらえるような雰囲気ではない。
「ふっふっふ……私の出番ね!」
「すいませぇん、ちょっとお尋ねしたいんですけどぉ」
「どうされました?」
「友人と避難してきたんだけど、どこに行ったらいいか分かんなくてぇ〜」
「この通路を真っ直ぐ行って右手の方に受付がありますんで、そちらで」
「ええ〜、私ここ初めて来たから分かんない! そこまで案内してほしいんですけどぉ」
「ええ? ……わ、分かりました」
見張りの男性スタッフに対し、甘ったるい声で道案内をせがむのは
しかし、スタッフも見張りの責任がある。ほとんどその場から離れず、身振り手振りで場所を伝えて終わらせようとした。
このままでは侵入する隙がない。
仕方なく、さとるが飛び出した。
「すいません! あっちで乱闘騒ぎが起きてます! 早く止めてください!」
さとるに無理やり手を引かれ、見張りの男性スタッフはそちらへ走り出した。その隙に、江之木ひとりが関係者以外立ち入り禁止エリアに入り込んだ。
内部は細く長い廊下が続き、物置きや電気設備の部屋が並んでいる。その更に奥にスタッフの詰め所があった。ほとんどの人員が表に出払っている。
更に廊下を進んでいくと、控え室の扉が並ぶエリアに到達した。このポートピアホール
いきなり踏み込んでも怪しまれるだけ。まずはひと気のない場所から捜索することにした。空き部屋を中心に見て回るが、やはり見つからない。
もしや阿久居と同じ部屋にいるのでは、という気がしてきて、江之木は再び控え室のある通路へと戻ってきた。
「あっ」
角を曲がったところで向こう側から来た人物とぶつかりそうになり、慌てて立ち止まる。謝罪しようと顔を上げると、そこには探し求めていたりくとの姿があった。
「り、りく──」
「……ッ!」
父親である江之木の姿を見るなり、りくとは慌てて踵を返して逃げ出した。その後ろにはもう一人の少年がいた。さとるの弟、みつるだ。みつるはりくとの後を追いながらも、江之木が気になるようで何度も振り返っていた。
「待て、りくと!!」
名前を呼びながら必死に追い掛けるが、騒ぎを聞きつけたスタッフに捕まり、江之木は関係者以外立ち入り禁止エリアから追い出されてしまった。
幾ら子どもが中にいると訴えても、江之木の行為は不法侵入だ。こんな情勢でなければ間違いなく警察を呼ばれていただろう。
「くそッ、……なんで逃げるんだ」
りくとは確かにここにいた。無事な姿を見られて嬉しい反面、逃げられたことに大きなショックを受けている。
江之木は地べたに座り込み、頭を抱えた。