第四十話・動く囮

文字数 1,096文字

 車は身を守る鎧。
 しかし全ての攻撃を防いでくれるわけではない。
 側面のドアには鉄板が仕込まれているが窓は補強出来ない。フロントガラスは砕けにくいが銃弾を喰らえば貫通する。サイドの窓ガラスは緊急脱出用に割れやすく出来ている。タイヤもそう。無人島の管理されていない道路には様々なものが落ちている。鋭利ものを踏めばすぐにパンクしてしまう。

 右江田(うえだ)のオフロード車は頑丈な作りをしているが、ここに来るまでにダメージを受け過ぎた。一時避難のつもりで突っ込んだガレージから出発しようとするが、どうも調子が悪い。エンジンから正常ではない振動を感じる。何発も衝撃や銃弾を受けたことでガタが来たのだろう。
 乗り続けるには心許ないが捨て置くには勿体ない。そこで最後に一役買ってもらうことにした。

 バックでガレージから出し、狭い路地から広めの道路へと戻る。そしてギアをドライブに入れ、サイドブレーキを引かずに車から降り、すぐに近くの建物の陰に身を隠した。
 すると、オフロード車は無人にも関わらずゆっくりと前進していった。
 AT(オートマ)車はアクセルペダルを踏まなくても車がじわじわと進む。ハンドルを握る者がいなければいずれどこかにぶつかる。大きな音を立てれば、それだけで敵の注意を引き付けてくれる。
 動く車を(おとり)にして、右江田は息を潜めた。
 数十メートル先でガシャンと金属がぶつかる鈍い音が聞こえた。その少し後に何発かの発砲音とガラスが割れる音が響いた。敵の人間が一人、囮の車に引っ掛かったのだ。
 民家のブロック塀に衝突して止まるオフロード車。その内部を調べようと近付く軍服姿の男に背後から忍び寄る。不規則なエンジン音が靴音や気配を消してくれた。男が車内を覗きこもうとした時に出来た隙を狙い、右江田は握っていた黒い棒を勢いよく振り下ろす。

 ジャキッと音を立てて伸びた警棒の先が右肩を砕いた。男が慌てて振り向くと同時にもう一度思い切り叩きつける。喉奥から絞り出したような低い呻きを上げ、男はその場に蹲って動けなくなった。
 地面に落ちた小銃(ライフル)を拾い、男の身体に銃口を突き付ける。




()()()()()()()()って言われたんで」




 超至近距離からの一発。
 それだけで男は物言わぬ屍となった。

「あー、やっぱ銃やだ。こんな危ないもの持ち歩くのとか無理。三ノ瀬(みのせ)センパイは何でこんなの好きなんだろ……あーあ、他にも何人か居るよなあ。多奈辺(たなべ)さんも早く見つけないと。港に着いた時に一緒じゃないと怒られる……」

 山を背にして進めばいずれは海に辿り着く。
 直線距離でおよそ三百メートル前後。
 ブツブツと独り言を呟きながら、右江田は小銃を近くの民家の庭に放り投げた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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