第七十八話・怒りの矛先

文字数 1,637文字

 ステージ中央に引っ張り出されたみつるとりくとは、体育館内の異様な空気に圧され、不安げな視線を後ろに立つ尾須部に向けた。尾須部(おすべ)はニコリと笑い、二人の緊張を和らげるように何か声を掛けている。
 その様子に、さとると江之木(えのき)は眉間に皺を寄せた。

見世(みせ)モンみたいにしやがって」
「どーゆーつもりだ尾須部の奴」
「ふ、二人とも、くれぐれも早まらないでね。下手するとカメラに映っちゃう」

 怒り心頭といった二人を宥めるのは三ノ瀬(みのせ)だ。
 テレビカメラが講演会を取材しに来るのは予想外だった。録画ならともかく、生中継では情報操作が及ばない。とにかく目立たぬよう声を抑え、さとる達が暴走しないように努めた。

『この少年達は爆撃前にシェルターに入っていたため被害を免れました。何故彼らは事前にシェルターに入れたのか、分かりますか?』

 阿久居(あぐい)が聴衆に問い掛けると、至る所で騒めきが起こった。先ほど存在を知ったばかりだ。この場にいる人々がシェルターに入るための条件など知る由もない。

 ──さとる達以外には。

 住む場所を追われ、家族を失ったであろう人々から「狡い」「酷い」「何であの子達だけ」という声が上がり、ステージ上にいるみつる達は気まずそうに俯いた。
 非難が二人に集中する前に、阿久居が軽く手を挙げて再び注目を集めた。途端に体育館の中がシンと静まり返る。

『もちろん、無条件でシェルターに入れた訳ではありません。彼らの保護者が彼らの保護と引き換えに命懸けの危険な任務に就いたからです』

「え、そこまで言う?」
「アイツ何考えてんだ」

 阿久居が語ったのは、まさに真栄島(まえじま)達がさとる達を勧誘した内容そのまま。何故この場で公表するのか。何故子ども達の姿を晒す必要があるのか。何が目的か分からず、三人はただただ戸惑うばかりだった。

『その任務というのは、まさに皆様の住む場所を爆撃した兵器、その破壊です。政府は秘密裏に民間人に協力を要請し、家族の保護と引き換えに戦場に送り込みました!』

 ここで一気に会場がどよめいた。

『この少年達の保護者は、慣れない武器を持たされ、兵器の破壊を命じられました。中には任務中に亡くなられた方もいるとか。何の訓練も受けていない一般市民ですからね、成功率も高くはなかったようです。……成功していれば、亥鹿野(いかの)市は被害に遭わずに済んだかもしれません』

 これを聞いて、亥鹿野市からの避難民達が怒りの声を上げた。何故素人にやらせた、何故自衛隊がやらなかった、そんな怒号が飛び交う。

「何も知らねえヤツらが勝手なことを」
「三ノ瀬さん、まだ出ちゃダメ?」
「待って、周りが怖いんだって!」

 江之木が舌打ちし、さとるはいつでも動けるように片膝を立てている。それに対し、三ノ瀬は身動きが取れずにいた。下手に動けばマスコミのカメラだけではなく、体育館内にいる避難民達全員を敵に回すことになりかねないからだ。

『これらは全て政府の誤った方針の結果です。本来ならば守るべき民間人に断れないような条件を突き付け、命を差し出させた。速やかに自衛隊を動かさなかったのも政府の失策。そのため、この少年達は保護者と離れ離れになってしまいました。……このような理不尽が(まか)り通って良いのでしょうか!』

 阿久居が大袈裟に手を広げ、みつるとりくとを指す。すると、今度は会場内から「酷い」「可哀想」などの同情する声がチラホラ聞こえてきた。
 そう訴える阿久居こそが、まさに安全なシェルターから子ども達を無断で連れ出させた張本人だというのに。

「やっぱり政府批判……!」

 わざわざ避難所で避難民達を前にして何を語るかと思えば、政府に対するヘイトを集めるための煽動だった。人々の怒りの矛先を政府に向けさせて支持率を下げる。それこそが阿久居の狙い。不安定な情勢下で支持率が下がれば統制の取れた対策が取りづらくなり、敵対国にとって有利となる。

 みつるとりくとは講演会を盛り上げるための材料として呼ばれたのだ。大事な弟を利用され、さとるの怒りが頂点に達した。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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