第五十三話・思わぬ報告

文字数 1,772文字

 会議室に入ってきたのは三十代後半くらいの男女だった。一人はピシッとしたパンツスーツスタイルの女性、もう一人は私服姿の、あご髭を生やした気怠げな男性である。

杜井(どい)さん、こちらへ」
「お待たせしてすみません、真栄島(まえじま)さん」

 杜井と呼ばれた女性は真栄島の隣に、男性はさとるの隣の席に促されて腰掛けた。先ほどまで寛いでいた三ノ瀬(みのせ)は緊張した面持ちで姿勢を正している。
 五人がテーブルを囲んだところで話が始まった。

「この度の任務、お疲れ様でした。貴方がたはしっかり役目を果たしてくださった。……本当にありがとうございました」

 真栄島に合わせ、左右に座る杜井と三ノ瀬も立ち上がって深々と頭を下げた。改めて礼を言われ、さとると男性は狼狽えた。

「おいおいおい、やめてくれよそんな真似は」
「いえ。この二チームは兵器の破壊に成功しました。作戦の内容上(おおやけ)には出来ませんので、こうして感謝の意を伝えるほかなく……」
「ああ〜ッ、だから、こっちだって子どもを保護してもらったんだ。取り引きだろうが」

 大袈裟な真似を嫌い、男性が呆れたようにボヤいた。その言葉に、さとるも全面的に同意した。
 住んでいた町は市街地が破壊されたと聞いている。シェルターで保護してもらっていなければ、今頃どうなっていたか分からない。
 しかし、真栄島と杜井はまだ頭を上げない。三ノ瀬は隣と向かいを交互に見て困惑している。
 流石に不審に思い、さとるは椅子から立ち上がり掛けた。ここに呼ばれたのは別に理由があるのではないか、そう感じた。

「なあ杜井さん、うちのチームの他の奴は? なんで俺だけ呼び出されてんの」
江之木(えのき)さん、それは……」

 直接問われ、杜井は言い淀んだ。表情に出ないように努めているが動揺している。真栄島も同じような反応だった。

「まず、我々はお詫びせねばなりません」
「なんだよ」

 顔を上げた真栄島は眉間に皺を寄せ、辛そうな表情をしていた。これから良くない話を持ち出されると嫌でも伝わってくる。




「──こちらのシェルターで保護しておりました江之木りくと君と井和屋(いわや)みつる君。この二人が現在行方不明になっております」




 何を言われたか意味が分からず、さとると江之木は同時に「は?」と間の抜けた声を上げた。今知ったのか、三ノ瀬まで驚いた表情で固まっている。

「私達も昨夜ここに戻って初めて知りました。シェルター内は勿論、近隣の山も捜索中なのですが、まだ見つかっておらず……」
「どういうことだよ!」

 申し訳なさそうに説明する真栄島の言葉を江之木の怒声が遮った。彼は椅子から立ち上がり、テーブルにバンと手を付いて身を乗り出している。

「りくとは、俺の息子はどこに行ったんだよ!」

 さとるは憤る江之木の姿をぼんやりと見上げながら、怒って当然の事態なのだとようやく理解した。
 混乱して何も言えないさとるに代わり、江之木が声を荒げる。

「アンタらが息子を保護するっていうから、だから俺らは人殺しまでして兵器を壊してきたんだろうが!」

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 江之木の言葉が胸に突き刺さる。
 あの島で、自分が何をしてきたかを強制的に認識させられる。島にいる時は麻痺していたが、安全な場所にいる今、それがものすごく異常なことのように感じた。

「…………ちょっと、オレ、気持ち悪い」

 急な吐き気に襲われ、さとるは口元を手で押さえた。真っ青になった彼を見て、三ノ瀬がすぐに駆け寄って肩を貸す。

「医療施設に連れて行きます!」
「……わかった。三ノ瀬君、彼を頼んだよ」

 会議室から出て廊下をしばらく進み、エレベーターに乗り込んでから、三ノ瀬は盛大な溜め息をついた。

「……はぁ〜、もうあの部屋に帰りたくなーい」

 江之木の剣幕がよほど怖かったのだろう。正直な三ノ瀬の言葉に、さとるは思わず小さく笑った。

「あああっ、ごめんね。さとる君の弟さんが行方不明だっていうのに!」
「……や、三ノ瀬さんや真栄島さんが悪いわけじゃないし……あそこで喚いても仕方ないし」

 先ほどの話が本当なら作戦行動をしている最中に姿を消したと考えるのが妥当だろう。迎えに来た葵久地は何も知らない様子だった。彼女がシェルターから出た後に居なくなったのかもしれない。だとすれば、共に行動していた真栄島達に怒るのは筋違いだ。
 そうは思っても気持ちの整理はつかず、さとるの気持ちは深く沈んでいった。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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